第二十三話:トロルの剛腕
―陸視点―
「――ムウゥゥゥン!!」
「……グ……クソがっ! そんな見つめられると怖いって!」
最初に飛び込んだのは康太で。
彼は渾身の一撃を振り下ろす。
平打ちだから致命傷にはならないけど。
常に最前線で戦端を開いてきた親友の攻撃はしかし、相手の嵌めたガントレットに阻まれ。競り合いの末、此方へ吹き飛ばされる。
単純な魔物ならともかく。
相手は人型の亜人なのに。
身体強化した康太が力負けするのは、滅多にない事だ。
「こりゃ、一筋縄じゃねえぞ」
「そのようですね。では、陣形は対大型魔獣用…桐島君は中衛寄りに」
「「了解」」
「刃は大丈夫なの?」
「その辺は前衛二人に任せるわ」
氏族長…ランディアさんを。
殺すわけにもいかないけど。
下手に加減などして返り討ちになったら、元も子もないから。
平打ちは捨ててしまい。
いつも通りに行こうか。
前衛三人、後衛一人。
一番攻撃的な陣形は。
その分防御が薄くなるし、対多には向かないけど。
気になるのは、こちらを伺うように周りを固める他のトロルたち。
その為、康太は下がり気味。
でも、様子を見るからには。
他のトロルたちは戦闘に介入して来ないようで。
「……彼らは、参加しないんで?」
「このような面白い戦い、横槍は無粋だろうて」
成程、戦闘狂なんだろう。
こんな世界だし居るよね。
こういう人も、沢山いる。
とは言え…先程確かに見せた、相手を見透かすような瞳は……只の戦闘マニアという訳でもないだろう。
「潰れるが良い! ――双鎚ィ!」
「させ――うお――ッ!?」
全員を対象に収めた鉄小手の一撃。
四本腕があるのは、本当に厄介だ。
重要なのは、運動エネルギーの差。
先程は一定の拮抗があった衝突も、今回は一方が圧倒的で。
中衛の康太を吹き飛ばす彼は。
追撃の手を伸ばすことも無く。
真の狙いは――春香!
後衛を潰す気だろう。
短剣と拳…共に至近距離で効果を発揮する武器ではあるが、タフネスもスピードも持ち合わせている相手。
増してや、不殺では。
―――あまりに相性が悪い。
彼女自身それを感じて避けを選ぶが。
既に、敵は射程内に迫っており。
「……ッ――マズ」
「女、お前から片を付けてくれる……波状鎚!」
横殴りにするように放たれた一撃。
空気を波のように震わせる拳撃だ。
回避は不可……の筈だったけど。
その剛腕は、しかし。
後衛の更に遠方から。
伸びてきた大剣に相殺され、弾かれる。
「やっぱりアンタ、合理主義だな。でも、ちょっとアレだ。吹き飛ばしてくれて、どうも」
「………猪口才な」
間に合ったのは後方に飛ばされたから。
ある意味では、敵のおかげでもあるね。
康太の挑発にも激昂せず。
ランディアさんは迫る包囲から逃れ、ゆっくりと後退していく。
「何故、護りを優先したのだ」
「何でって……何でッ?」
「殺気を感じなかった故、我の対応は遅れた。だが、女を捨てて直接攻撃をしてさえいれば、我を打ち破れた可能性もあったろう?」
彼は言葉を紡ぎながらも。
右、左と連撃を繰り返す。
「仲間は――ッ…守るもの、だろ?」
「…………ほう?」
「アンタも――トロルさん達の長だって聞いたが」
そして、康太は完全に防御に回り。
彼の鉄壁の守りが、何度も震える。
油断していたつもりはないけど。
やはり、動きも機敏で凄く強い。
康太の言葉を受けたトロルは。
あざ笑うかのように横蹴りを繰り出し、武器で受けた康太は砂埃を上げながら引き摺られる。
ところで、忘れてないよね。
僕たちも此処居るんだけど。
「――ッ……良い一撃だ、小僧」
「有り難うございます!」
力の限り地面を蹴って跳び上がり。
上からトロルに斬撃を加えるけど。
そう上手くは行かないモノで。
康太を攻撃していた物とは別の鉄小手で弾かれたまま、火花を散らして親友の隣に着地する。
彼は引き摺られていたけど。
見たところは大丈夫…かな?
「大丈夫? 摩擦で足からも火でてない?」
「ねえよ。そっちこそ、火花――」
「能力は買おう……が、甘過ぎるな」
「「へ?」」
隣の康太は火属性使いだから。
それもアリかなと思ったけど。
互いの会話は遮られ。
話に入ってきたランディアさんは首を振りつつ語り掛けてくる。
「貴様らには、ほとほと呆れ果てる。犠牲も出さず、敵も滅せず…甘すぎる考えよ。我は、大のために小を犠牲にする選択も取る」
「増して――」
「――敵に加減などせぬわ!!」
両の口から発される、恐ろしい圧。
再び進撃、連撃、追撃。
康太と僕で彼を挟んで。
両の脇で向かい打つも。
それで尚互角に食い下がってくる彼は、とんでもないタフネスで。
同時に相手取るように。
俊敏に立ちまわる巨躯。
長剣で押しとどめる鉄の感触は非常に重く、まるで岩に刺さった剣を押すようだ。
ああ、攻めあぐねている。
二人でも、かなりキツイ。
だからと言って、三人前衛は作れない。
と……押し戻されたその時。
美緒の手の動きが目に入る。
―――隙を作ります……と。
了解。お願いします、っと。
彼女は攻撃魔術を使わない。
それは扱えないという事ではなく、異能と剣術に集中するため。
だから、魔術スタイルは。
補助魔術に特化している。
足場は、既に整っていて。
土属性の魔術“築堤”
踏み固められた土を盛り上げるだけの簡素な魔術であるが、魔力消費は多めという扱いづらい存在。
彼女はその隆起を足がかりに。
飛翔しつつ、鍔に手を掛ける。
相手の拳の方が速いと分かっていながら、未だ抜刀もしていない、後手の状態で。
しかも、刀の向きが逆だ。
「小娘が! 逆刃の剣……鉄の棒切れなど――」
「刃の無い鉄でも、身を護る事は出来ます。私は、守るために戦うんです」
「あたしたち、だよね?」
「はい、勿論です」
「――みずっ……この質量は……!!」
仲間を絶対に信頼している故の連携。
拳は飛んできた水刃に弾かれ。
発生した一瞬の隙が決定的だ。
「――グッ――ァ……クゥ」
逆刃の一撃をまともに受け。
彼の鉄小手が、大きく歪む。
身体を金属で包んでいようと衝撃は内部へ伝わるモノで、一瞬硬直した筋肉は動きが鈍り。
痺れは簡単にとれない。
改めて、親友の異能が。
あり得ないものであると分かり…同時にチャンスと自覚する。
「む…うぅぅ…これは、なかなかどうして――」
「さっきのお返しィ!」
「――ぬぅ! まだ終わってなど!」
大剣の質量と本人の質量。
その双方を目いっぱいに乗せた突進は、絶大で。
揺れる、巨躯。
親友の、視線。
その期待、その好機。
答えないわけには……いかないでしょ!
「―――陸、頼む!」
「了解ィ」
あれだけの巨躯だ。
押し倒すのは勿論、背中を地に付けるのも容易じゃない。
斬り捨て、命を奪うよりも、相手を生かして無力化させる方が難しいから。
だからこそ仲間全員で。
四人で分散し対処した。
美緒と春香が隙を作り。
一度目、康太の突進で揺れ。
二度目、僕がダメ押しの一撃を繰り出したことで彼を地に伏せる。
「…………ヌ……クッ」
「僕たちの、勝ちです」
多頭種トロルの巨体へ馬乗りになり。
その首筋に剣を宛がい、宣言を下す。
四本の腕は油断ならないし。
首筋が二つあって迷うけど。
彼が動くよりも、僕が突き刺す方が速いのは確かだろう。
でも、目的は殺傷ではなく。
武器をゆっくりと離し、ランディアさんを開放する。
「今度こそ、耳をお借りしても?」
問いかけ。
油断なく反応を待つけど。
彼は倒れた態勢のままで。
不思議そうに笑う。
「……ふ。貴様、真に先程の男児か?」
――あぁ、いけないね。
こんな筈じゃないのに。
何時も一緒にいるからか、誰かさんたちの口調が移っちゃったようで。
あと、戦いの興奮だね。
口調が、やや攻撃的になっている気がする。
「僕たちは、話し合いに来ました」
「…………また、それか」
「信じてくれませんか?」
「――ユウシャ。その名には、特別な意味があるのだろう。だが、我はそれを知らぬ。人間どもにとって、我らは狩られるのみの存在。信に足ると考える方がおかしいだろう」
「何より、そうする事で武器を捨てさせ、一網打尽にすれば。効率良く我ら一族を狩ることも出来る」
「「―――ッ」」
「やはり、人間か?」
「違います! 私たちは、亜人や魔物だからと区別するわけではありません。互いの意思を確認し、一方が間違っていると思ったなら。例え誰であろうと、どんな種族でも、私達も一緒に戦います!」
美緒が声を荒げるのは珍しい。
慮る時、心配する時…怒る時。
彼女は相手を真っ直ぐに見つめ、対話する。
決して諦めずに。
ひたすら真摯に。
視線を送る少女。
ランディアさんも測るように眼光を向け。
先に揺れたのは。
二対の瞳だった。
「お主たちを信じろと? エルシードの指金であり、今初めて我の前に立ち塞がっただけの人間達を、信じろと申すか」
「信じてもらうしか、ないですね」
「持ってきたのはこの身一つなんで」
……………。
……………。
ランディアさんが、ゆっくりと立ち上がる。
それと共に、何かを見極めるように四つの瞳が動き。
僕たちと交差する中で。
長い長い沈黙があって。
彼は脱力するように呼吸し。
ゆっくり、己の拳を下げる。
「………お前たちの意思は分かった」
彼もまた武器を降ろした…と。
静寂の中、仲間に視線を送る。
刹那。
「―――愚か者共が! 何故敵から視線を離せる!」
あぁ、こうなるか。
不意を狙った合図。
彼の瞳には初見の狡猾さを伺わせた光が宿っていて、幾重もの足音が大地を揺らす。
武装したトロルたち。
武器も…中には防具を纏っている者も多く。
全員が明らかな戦闘態勢で。
或いは、この対話こそ。
彼こそが、囮だった?
「さぁ。貴様らの首、送り返してくれよう。あの女の顔が目に浮かぶわ」
彼は獰猛に、にやりと笑うと。
その巨体に似合わない機敏さで飛び退る。
後に残るは向けられる武器群。
数十にもなるトロル種の軍勢。
一帯は、完全に彼等に囲まれてしまっていた。




