47:抜刀術。しかし刀はない。
「……まだ足りない」
「確かに」
「イラッと来るけど、確かに事実だから抑えとくわ」
「それを言っている時点でどうかと思うが」
『俺の必殺技』を放った被瀬だが、その威力は精々が一段階開放をした程度。
正直、『ウィクトゥス』を使用した相手に対しては物足りないと言っても過言ではない。
それに、
「あれだと本当に死ぬぞ」
「どういうことよ?」
「その技はその程度の威力だと、人それぞれにある『中心』を狙わなきゃ行けなくなる」
「前に言ってたやつだけど、何なのよ、それ」
「あー、めちゃくちゃ適当に分かりやすく言うと、『心のチカラ』の発生源だ」
『中心』という概念は、割と知られていない。
前にぼかして話したが、その内容を詳しく話すのは難しい。
そもそも『心のチカラ』というもの自体存在があやふやで観測することが出来ないため、研究が中々進まない。
そのため、本来存在する『中心』というものが知れ渡らないのも当然だろう。
「ふーん……。
あれを狙うのね」
「あぁ。
見えるんだっけか」
『中心』の存在は『無体』であれば分かる。
それは無体であれば当然であり、それ以外の人には見えない。
だからそれ以外の人間が分かる、という経験がないため、驚いてしまう。
「で、それを狙えばあれでも倒せるわけ?」
「ん?
あぁ、さすがに無理だ」
俺と被瀬は、今まで話をしているのに、お互いの顔を見ていない。
いや、正確には2人して一点を見つめている。
「そんな悠長に話せる時間があるのか?」
背後からの声。
既に体は対応している。
しかし、無理をしない範囲で。
恐らく、体の治療にかかるのは後1分。
たかが一分。
だけど、この男を目の前にして感じるのは、間に合わないという感覚だけ。
今だって恐らく避けきれずに肩が半分抉り取られる攻撃が、すぐそこに来ている。
思考加速をしていないのに、世界がゆっくり見える。
体が危険を感じたのか。
キィィィィィン
そこで響く金属同士の衝突音。
その音は俺の体を揺らすくらいに大きく鳴り響き、
「おっと。
失礼だったな」
早乙女先生をよろつかせた。
先程のものより威力が低い。
「あなたの相手もしてあげるべきだったな」
早乙女先生の意識が被瀬に向いた。
どれだけ強くなった所で意識の変更は高速ではできない。
早乙女先生の意識自体を掻き乱す。
俺はまたも必殺技を放とうとするが、
「と、思ったか?」
拳が目の前に来た。
次の瞬間、俺は天を見上げていた。
そして、激痛。
咄嗟に残った『心のチカラ』を全部顔面につぎ込んだおかげで死ぬことは無かった。
だが、そのせいで次も同じような攻撃が来たら、受けきれない。
それに全部つぎ込んだせいで、ほかの部位が痛い。
「弱っても『無体』
この状態の全力でも死なないか……」
痛覚は切っていない。
痛覚を切ってしまうと体が『危険』を認識しなくなり、回復をしなくなる。
久しぶりの激痛に思考能力を鈍らせないようにしながら、
「流石にもう一発喰らえば死にますよ」
「減らず口を……」
早乙女先生は、次こそ仕留めんと力を込める。
分かる。
あれを喰らえば、死ぬ。
そして同時に考える。
なんで早乙女先生は被瀬ではなく俺を狙っている?
本来なら自身にダメージを与えうる被瀬から倒してもおかしくない。
だから俺に意識を向けていないフリをした。
つまり、
「ふぅっ……」
被瀬は、ノーマーク。
早乙女先生の背後に感じる微かな気配。
それは気配を消している訳では無い。
早乙女先生の気配が大きすぎるだけ。
でも、気配はさして強さには関係ない。
ゴッ
鈍い音が鳴る。
早乙女先生が、人に突き飛ばされたような姿勢になり、
「はぁっ!」
被瀬の声とともに、俺の上を飛んでいく。
その距離は決して長くはないため、先程の動きから考えれば、きっと一瞬で詰められる。
「助かった」
が、立ち上がることくらいはできる。
体の回復は残り40秒を切る
今までのやり取りでたった20秒。
おっそい。
時間の流れが本当に遅い。
早乙女先生は、後ろを振り返りながら俺らを見て、
「……被瀬。
流石にここまで邪魔をされると処理せざるおえなくなる」
「処理って、私は食べ物じゃないのよ。
何様のつもり?」
「……流石俺の前に立つだけのことはある。
嫌いじゃないぞ」
被瀬と早乙女先生のやり取りのうちに、構えに入る。
抜刀術。
されど刀はない。
手加減は必要ない。
しかし、通常の必殺技を打ってもろくなことにならない。
「早乙女先生。
それ、『ウィクトゥス』じゃないですよね?」
「……時間稼ぎが見え見えだな」
流石に俺からの誘いには乗らないか。
俺の必殺技……。
心の中で唱えながら、俺は被瀬をチラリと見る。
被瀬も同様の構えをしている。
その姿はまさに鏡で見た時の俺のよう。
変則受
それを見ながら、俺は早乙女先生の行動を先読みし、そこに手刀を振るう。
早乙女先生は、その強さとは裏腹に、後ろからしか攻撃してこない。
さらに俺のことを『無体』の一員だと知り、『深奥』を知っている。
それはつまり、早乙女先生は俺を恐れている。
だから攻撃も背後から行くことで、俺に反撃されないように。
俺を殺すのを優先するのも、負けるかもという意識があるから。
だからこそ、これができる。
俺の読み通り、背後に出現した早乙女先生の拳が、俺の手刀と触れ合う。
変則受は中々使う機会はない。
それこそ死ぬほど威力の高い攻撃を受ける時、それも命の危険があるときにしか使わない。
触れ合った手刀は、その場に停止する。
ぶつかった攻撃は、俺を殺さんとばかりにこちらに進んでくる。
それを俺は手刀が受け止め、衝撃が来る。
それを可能な限り受け入れる。
衝撃は俺の体を動かそうとしてくるが、体を1ミリたりとも動かないことで受け切る。
すると、衝撃は体を通り、足元に向かう。
足元に向かった衝撃は、地面にたたきつけられ、ヒビを作る。
そのクレーターはおおよそ人間が作ることができるとは思えないほど大きい。
「何をした」
「……教えるわけないじゃないですか」
変則受は、正直ただの我慢だ。
体の使い方を工夫することによってできる最大限の我慢。
一瞬でも体の制御をミスると確実に死ぬ。
だが、やりきった。
体を通った衝撃に寄るダメージは多少はあるが、あの攻撃を食らってこれだけなのだ。
命があるだけでもお釣りが来る。
「ならば」
「『神』
それは、『ウィクトゥス』ではない」
早乙女先生の拳が俺の目の前で止まる。
……変則受をしているとはいえ、流石に二回目を喰らえば俺の体が保たない。
間一髪。
しかし、その拳は依然俺の命を刈り取る位置にいる。
その拳の威圧感を今は無視する。
そうしなければ、会話に集中できない。
「ほぅ……。
それをどうして今発言する?」
「冥土の土産、ってことじゃダメかな?」
早乙女先生の顔がちらりと見える。
その顔が浮かべているのは、疑問。
俺が何をしたいのか、何をするのかを理解しようとしている。
だが、俺のこの言葉はあくまで時間稼ぎではない。
「あんたの強化は確実に『ウィクトゥス』ではない。
いや、『ウィクトゥス』よりも上位の何か、だと思ってる」
沈黙。
俺の様子からは、ただ会話したいという雰囲気しか感じ取れないだろう。
それは当然だ。
俺は自身の命を考えていない。
この会話にのみ全力を注いでいる。
だから、
「あぁ、確かに私の作ったこの『神』は『ウィクトゥス』を使用した上位の薬だ」
「……上位の薬ってことは、混ぜたわけではない、と」
乗った。
理解できるまでは会話をしてやるとかそんな辺りだろう。
被瀬は気配を消している。
しかし、その構えはそのままだ。
恐らく俺を助けるための構えだろう。
しかし、それもこの状況だと間に合うかどうか分からない。
「……やはり『無体』というだけ在って『ウィクトゥス』に関しても詳しいらしいな」
「……こちとら死ぬほどやりあってきたんでね」
『ウィクトゥス』は、前にみんなに話したように、能力の強化薬だ。
確かに『心のチカラ』の増加に寄る身体能力の向上は見られるが、ここまでではない。
それに小桜さんにも見られたような反応の速度上昇も見られる。
現に自身の身体能力の上昇についていけているのがその証拠だ。
それに、
「なんで狂っていないんだ?」
「……その聞き方は少し失礼というものではないか?」
「いや、『ウィクトゥス』を知っているものだったらこの言い方が一番的確だと思ったからね」
あまりにも平常心すぎる。
申し訳ないが、『ウィクトゥス』を使用すれば普通の人であれば明らかに狂った様子を見せる。
それを見てきた俺からすれば、こんなに冷静に、しかも会話ができる相手という方が見たことがない。
「これは私の研究の成果であり、『深奥』を理解するための必要なものなのだ」
「……そうか。
だから『無体』に関しても知識がかなりあったと」
「そうだ。
プロの中にも存在を知っている人間がいるであろう?」
「確かに。
それでも早乙女、という人は聞いたことがないけど」
早乙女先生は『ランキング戦』において強い、という話は聞いたことがあるが、無体を知るほどに強いのならば、俺の耳に入っているはず。
現に今の『ランキング戦』の中での上位十位までは実際にあったことがある。
その中に入らないということは……
「ふざけるなっ!」
この人は、もとは弱い。
授業のときにも戦えると思ったことはあっても、強いと思ったことはない。
早乙女先生は怒号とともに地面を殴る。
すでにクレーターになっていた地面は更に陥没する。
……やっぱり。
俺は一つの確信を懐きながら、目の前の早乙女先生に尋ねる。
「早乙女先生。
もしかしてそれが全力なんですか?」
早乙女先生の能力は『硬化』
だから本来ならばこのようなクレーターを作るだけでおかしいのだが、今はあえて煽る。
「なにをっ」
早乙女先生が俺の言葉に激昂したように顔を上げ、こちらに殴りかかってくるかと思われた瞬間、
俺と先生の間に人が割り込んでくる。
そいつは当然、
「”俺の必殺技”」
抜刀術の構え。
しかし、刀はない。
腰だめに構えた手刀を、目にも留まらぬ速度で振るう。
その軌跡は空気を切り裂き、早乙女先生の体へと吸い込まれていく。
ぶつかる。
衝撃。
俺は後ろに飛ばされないようにしながら、被瀬の攻撃を観察する。
被瀬の能力は、『理想の身体能力』
確かにそれで”俺の必殺技”を真似た。
しかし、今回を入れて四回放たれたそれは、威力がまばらだった。
一撃目はふっとばすほどで、二撃目はよろめかせ、三撃目はふっとばすと行っても短い距離。
そして今回は早乙女先生に確実にダメージを入れれるほどの一撃。
被瀬の能力は、恐らくイメージと密接に関係している。
被瀬ができると思えばできる。
逆に、できないと思えばできない。
だから、俺はまるで煽るかのような一言を言った。
これが関係あろうとなかろうと、とりあえずこうやって過去最高の一撃は繰り出せた。
早乙女先生は空中に飛んでいく。
流石に宇宙まで、とは行かないが、結構飛んだ。
後十秒。
会話によってつないだ、回復までの時間。
集中しろ。
今は『心のチカラ』はすっからかん。
能力も使えない。
肉体に関しては大丈夫になった。
ある程度なら耐えれるが、早乙女先生が『ある程度』で収まるとは考えられない。
「っふぅぅぅぅ」
大きく吐き出す息。
被瀬のものだ。
威力に関して言えば、俺が一段階でそれとなく使う程度の威力。
すごく聞こえないが、これだけの威力が出せれば間違いなく『ランキング戦』はこれだけで全勝できる。
被瀬は集中が切れたのか、膝をつく。
……ここが限界か。
俺は被瀬の前に出る。
後、六秒。
早乙女先生の姿が大きくなってくる。
こちらに落ちてくる早乙女先生は何やら構えている。
……恐らく、これで決めるつもりか。
俺の姿はあちらからも見えている。
後、三秒。
……間に合うか?
回復しても早乙女先生を受けきるだけの『心のチカラ』が揃えられない。
歯噛みする。
能力を使用しても、『心のチカラ』が十分にないのならば、威力が出ない。
一瞬。
一瞬でいい。
それだけアレば十分。
だから、俺は信じる。
こういうときにやってくれる。
仲間を。
後、一秒。
来る。
降って、来る。
回復した瞬間に来る。
俺は、動かない。
ただ、構える。
その瞬間、
早乙女先生の体が空中で一瞬止まる。
「『大気、掌握』……」
「被瀬さんもらっていくっすよ!」
「殺さないようにって四杯先生が!」
宵が会長に肩を貸してもらいながら、その手を前に出している。
堂上は俺の背後にいる被瀬を担いでその場を去る。
それについてきて俺に伝言をした柊は、能力の応用で堂上と被瀬の存在感を消す。
それを当然とばかりに、俺は回復を迎え、
早乙女先生は落下を再開する。
十分に速度がついていない状態だが、早乙女先生は変わらずにかまえている。
弓を引き絞ったかのようなその構えは、目に見えない速度で拳を放つ。
対する俺は、拳の放たれる瞬間に、
二段階、開放。
背中に漆黒のマントが現れる。
それは黒色、ではなく、光を吸収しているかのような色。
そんなマントを羽織った俺は、構える。
抜刀術。
しかし刀はない。
抜かれた拳は、拳と触れる。




