第二十三話 その頃の勇者パーティは(2)
「勇者パーティは負けた」
ハルはテントに集めた勇者たちの前で、そう宣言した。
オークという魔物は、身の丈が成人男性の平均身長の倍近くはあり、肉体は筋骨隆々で無駄な脂肪が一切ない。我々が想像するような豚のようなイメージは一切なく、どちらかというと『オーク』ではなく『オーガ』と呼称した方がなじみ深いかもしれない。
オークは自分たちで武器を作成し、防具まで作れる『知性』と『器用さ』がある。
戦闘経験豊富な戦士であったとしても、苦戦は必須のモンスターだ。
だが、全戦全勝無敗を欲しいがままにしていた勇者パーティからしてみれば、幾度となく戦いなれていた、言わば『格下』に値する。
それがなんと────無様に敗北してしまった。
これだけでも失笑物なのに、おまけに《盾の勇者》のスーを前線に復帰させることが困難なほど重傷を負わせてしまった。
それも肉体的にではなく、精神的に、だ。
精神的な傷というのは淫靡な意味合いではないが、内容があまりにも酷すぎた。
なんと殿だったスーに、この場にいる勇者たちは誰も手を差し伸べることなく、我先にと逃げ出したのだ。
そうするのが正しいのだろう。
《盾の勇者》が「逃げてくれ」と言ったのだろう。
みんなが逃げられるまで時間を稼ぐのが殿の務めなのだろう。
だが────だが、しかし、リーダーであるハルを含めてほぼ全員が全員逃げ出すというのは、あまりにも薄情すぎやしないか────?
口癖のように、「勇者に撤退は許せない」と言い続けていた《光の勇者》までもが、尻尾を巻いて逃げたのだ。
スーの心は酷く傷つき、もう勇者パーティには戻りたくないとベッドの上でうわ言のように呟いている。
《盾の勇者》の『遺物』は盾の勇者の名にふさわしい『長方形の拡大・縮小が自在な盾』だ。
その盾を渓谷にて巨大化させることで、オークたちの目を欺き、勇者たちが逃げ切るまで時間を稼いだのだが、その間、オークの全攻撃を一身に受けることとなった。
身の丈以上もあるオークが鉄製メイスを手に、なん十匹というオークが、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、たったの自分一人だけが構える大盾に全力で殴りかかってくる恐怖は計り知れない。
『遺物』が壊れないという保証はない。相手が諦めるより早く『遺物』が壊れたら自分は一巻の終わりだ。
それに、怒鳴り吠え散らかすオークが、僅かにできてしまう盾と壁の隙間から抜けられる可能性がある。
もしもという未来が頭を過る度に、彼女は心がすり減っていったのだ。
そしてすり減った心にトドメを刺したのは、《光の勇者》だった。
パーティのリーダーならば、例え自分が殿だったとしても、まさか見捨てて逃げるはずがないだろうという信頼があった。
────それがアッサリと裏切られたのだ。
唯一、一人だけオークから逃げずに最後までスーの傍にいて、盾と壁の隙間から無理矢理抜けようとしたオークを、援護射撃で殺し続けていたフェンネルだけは、今もスーの側に寄り添って看病を続けており、彼女にだけはスーが心を開いているため側を離れることができない。
そのため、実質的に二名の欠員が勇者パーティに出たことになる。
しかも実質的に作戦立案担当をしているフェンネルがいないことで、魔族との戦いを一時中断しなければならないのだ。
「すまない、これも全部僕の責任だ。フェンネルとはよく話し合ったつもりだったんだが……よく吟味せず、少し無謀な作戦を立ててしまった……」
「気にするなよ。誰だって失敗はあるんだ」
「そうそう。作戦だって立てたのはハルとフェンネル二人なんでしょ? だったらフェンネルにだって責任はあるじゃない」
素直に頭を下げるハルを取り巻きの勇者たちが慰める。
正しい感性をしていれば余計惨めになるだろうが、ハルはどこか安心したような表情を見せた。
「ごめん……本当にごめん……」
形だけでも頭は下げながら、ハルは椅子に座った。
取り巻きたちは元よりハルを責めるつもりがないため、そちら側だけは和やかな空気だ。
しかし取り巻き以外の勇者たちの間ではピリピリとした空気が漂っている。ユウトを追放し、ゴブリンたちに苦戦し、フェンネルから耳が痛いお説教をされたことでハルに対する不信感が高まっていたからだ。
いつ決壊してもおかしくないそれはオークに負けたことで限界値に達し、そしてついに────決壊した。
「……でもユウトが居れば勝っていたかも」
最初に爆弾を放ったのは、黒いフードを被った《闇の勇者》だった。
和やかなムードだったハルサイドは一瞬にして剣呑な雰囲気に変わり、ハルの取り巻きたちは《闇の勇者》に詰め寄る。
「テメェまだそんなこと言ってんのか!!」
「君たちだって、フェンネルが持ってきた新聞を見ただろう? そこには『《斥候の勇者》をどうして追放したのか』という批判的な内容で埋め尽くされていた。今まで僕たちに見せられてきた新聞と違って……そこは批判一色だった! きっと明日からの新聞だって僕たちを批判する意見が掲載されるさ!」
「世論なんて気にしてんじゃねぇ! 大事なのはお前が"あのヘタレさえいれば勝てた"などという戯言をほざいたことだ!」
「でもゴブリンに負けかけたのも、ユウトがいなくなってからじゃないか! そもそもハルはどうして僕たちに一言の断りもなく勝手に追放したんだよ!!」
「どうして今更そうやってハルを責めるようなことが言えるのよ!? 貴方たちだっていなくなった時は褒めてたじゃない! それを今になって掌返すのは違うじゃない!?」
「《水の勇者》の言う通りよ! 何蒸し返すようなこと言ってんのよ! 大体、《闇の勇者》だってオーク相手にヘマしたじゃないの! 全然デバフ効いてなかったわよ!!」
「それはハルの作戦に従った通りにした結果だぞ! 僕だけ責めるのはお門違いじゃないか!」
「だったらハルだけじゃなくて《弓の勇者》も責めるべきでしょう! 最近アンタたち、《弓の勇者》と仲がいいけど……何? 誑かされたの?」
「なっさけなーい。自分たちの実力が足りないからって女の子に慰めてもらって、挙句言いなりになるなんて!」
「なんだと!?」
「俺たちまで愚弄する気か!?」
「おい無能のリーダー様よぉ! お前の取り巻きが俺たちに喧嘩売ってるぞ! どうにかしろよ!」
「大体ハル、テメー、撤退の二文字は辞書にねーんじゃなかったのか! なんで撤退を許可したんだ!? そのせいで俺たちは負け犬扱いされるぞ!!!」
テントの中は一気に大騒ぎとなった。
『親ハル派』と『ハルをリーダーと認めない派』の間で暴言が飛び交い、手が出そうになっている者もいる。
誰もかれもオークの集団に負けたことを引きずっていたが、ユウトが抜けてからというものの、貴族・王族の期待通りの活躍ができず、今までは褒めちぎられた新聞においてもフェンネルが持ち寄った新聞にて、ついに批判されていたことを知り、莫大なフラストレーションが溜まっていた。
それが爆発したのだ────。
「みんな! 静かに────静かにしろ!!!」
見かねたハルは『遺物』である光り輝いた剣を振りかざし、あわや暴動寸前になりかけていた騒動を止める。
「僕たちは勇者だ! まずはその気持ちを持ちたまえ! さっきから聞いていれば、誰が良くて誰が悪いだの、犯人捜しをしている場合じゃないだろう!? 特に────特にユウトがいればどうにかなったという話は止めたまえ! 彼がオークと戦っている姿を誰か想像できるか!? 誰もできないだろう! 彼はいてもいなくても変わらなかったさ!」
犯人捜しをするなと言っているが、だったら「自分が悪かった」と謝罪したのはなんだったのか。それに一つ一つの批判に耳を傾けることはなく、ユウトにだけ敏感に反応し、返答してしまっている。
だがハルが声を張り上げると、勇者たちはそれ以上突っ込むことはなかった。
あれだけぐちゃぐちゃになりかけていた勇者たちを纏め上げる統率力と、見た者みなに安心感を与えられる特殊能力を持つ『遺物』がある。
だからこそ彼は《光の勇者》と呼ばれ、曲者だらけの勇者パーティのリーダーをやっていけているのだ。
勇者たちは出しかけていた矛を順々に収める。
「でもユウトがいなくなってから俺たちは弱くなった。それは確かだろう」
「そうだ。それは認めろ。じゃないと次も負けるぞ」
「最悪、アイツを連れ戻すことだって考えなければならないはずだ」
だが、ユウトの実績を密かに知っている者たちは、その発言に納得がいかなかった。
それに再び取り巻きが食い掛る。
「アイツはいつも、後ろからうるさく指示を出していただけの腰抜けだっただろ」
「それにその指示は、あいつに言われなくてもやろうとしていたことだらけだった。市民たちからは俺たちがあいつの指示に従ったように映っただろうが、それだけが癪だな」
「それに、貴方たちが『ユウトが抜けてから作戦に穴がある』みたいに陰で言ってるの知ってるけど、今回の作戦だってベストだったわよ。何が何でもハルにケチをつけたいのね、貴方たちは」
一触即発、静まった騒動は再び発展していくかに思えた。
だが、やはり悪化しかけていた事態を収めたのはハルだった。
「確かに僕に至らない点があったのは認める。だがユウトのことは話すな。今回のオークの敗北だって君たちは100%の実力を出し切ったと言えるか? 満足のいく動きができたか? 誰かを責めるのは簡単だ、でもまずは自分の戦闘を振り返って、できたことを反芻する。それが大事なんじゃないのか?」
そうハルが呼びかけると、今度こそ誰もかれもが静まり返った。
彼の言い分は正しかったからだ。
全員が全員、オークとの戦いでベストを出し切れたかというと微妙だ。
なぜなら今回の戦いは、今までの戦闘スタイルである『勝つために全力を尽くす』というよりも、どちらかというと『死なないために全力を尽くす』戦いだったからだ。
例えば《回復の勇者》は、前線で戦う勇者たちに回復魔法を使うためすぐ後ろで待機している必要がある。しかし彼が維持していたラインは後方支援を重点的に行う者たちと同じだった。
そこから回復魔法を使おうとしていたが魔法の範囲にも限度があるのだから、回復魔法が届かない勇者も出てきてしまう。しかし彼は自分の身を第一に考えてずっと後方にいた。《盾の勇者》が殿を務めた時も、できる限り最後まで居残る必要があったのだが真っ先に逃げ出したのもある。《盾の勇者》が精神的に病んだのもそのせいだ。
もしも《回復の勇者》が勇気を出して前線と同じラインにいられたなら、もしも《回復の勇者》が真っ先に逃げ出さなかったら、結果は違ったかもしれない。
このように、今回の戦いではみながみな後ろ指さされるような戦闘スタイルで戦ってしまった。
それゆえハルとフェンネルが立てた作戦と食い違いが発生し、ちぐはぐな戦いをしてしまったことから敗北を招いたのだ。
「僕だけが悪いのか? ユウトが居ればどうにかなったのか? ────それは違う。僕を含めてみんなが弱かったんだ。みんな、今日の敗北は明日の糧にしよう。初めての敗北の味を、ゆっくりと噛んで味わうことが大事だ。そして僕たちは勇者だ────次の戦いでその実力を、こんな新聞を作るような平民たちに見せつけて、僕たちの誇りを取り戻そうじゃないか!!」
力強く言い放った《光の勇者》は再び光り輝く剣を掲げた。
その言葉に応じて取り巻きたちはチャントする。
他の勇者たちもつきものが取れたかのように、腑に落ちた表情になっていた。
だが誰もが反省する中で忘れていた。
ユウトは確かに実践では役立たずだった。だがもしも────もしもユウトがいれば的確な指示でベストな結果になっていたかもしれないという未来を。
襟を正すこともなく、批判された内容の一部を返せないからと言ってスルーし、話術と『遺物』でものの見事に言いくるめられたことを。
(どいつもこいつも……ユウト、ユウトって……アイツがいなくてもやれるってことを証明してやる!!)
そして前向きな発言とは裏腹に、ハルの心はマグマのように煮えたぎっていたことを。
その本心を推し量れる親しい勇者は二人いたが、ここにはいなかった────。




