夢
外見は限りなく人間に寄せて造られ、人間よりもはるかに強大な力を持つ機械。
人型兵器。
それが、俺たちだ。
敵には人間もいたし、自分と同じ兵器もいた。
それを見分けることができるのは実際に戦った時と倒す時だ。
人間は動きも鈍いし、力も弱い。
そして、絶命の瞬間、悲鳴を上げて血を撒き散らす。
兵器の攻撃は鋭く致命的な箇所だけを狙うように設定されているし、痛覚がないから静かに動かなくなる。
この違い以外に目立った違いはないが、戦場ではその差が命取りだ。
そして、何かがバグったのか、俺は周りと比べて異常に早かった。
そのせいかおかげか、俺は重宝され、主が次々と変わった。
前の主が敵だったこともある。その時は、ためらいなく殺したが。
”許さない…”
突然、おぞましい声がした。
聞いているだけで泥沼に沈んでいきそうなほど、気味の悪い声。
周りを見回すが、夜の森みたく真暗だ。
”お前だけ幸せになるなんて…許さないからな…”
暗闇の中、ハッと振り返ると、そこには無数の目があった。
圧倒されるほど、たくさんの、目。
そこに、複数の声が重なる。
”俺たちを殺したお前が!”
「うわあああああああっ!」
俺は飛び起きた。戦ってもいないのに、呼吸がひどく乱れている。
機械にはスリープ状態でデータの最適化をしている時に、過去の映像を見る時がある。
それは、人間で言う夢というやつだ。
はっきりとは思い出せないが…何か嫌なものでも見ていたのだろうか。
そんなことを考えていると、廊下を駆ける音がした。
「ゴウ。どうしたの?大丈夫?」
琥珀が勢いよく扉を開け、中へ入ってくる。
「な、何でもねえよ」
「何でもなくないでしょう」
琥珀は俺のベットに腰掛けた。
心配そうに俺の顔を覗き込む琥珀に笑ってみせる。
「だから、何でもねえって…」
不意に、琥珀に手を伸ばした時だった。
俺の手が、真っ赤に見えた。
血塗られた、赤色に。
「……っ」
バッと手を引く。
その手を見て、琥珀は怪訝そうに俺を見る。
…俺は、兵器だ。たとえ、人間のように過ごしていたとしても。
人間よりもはるかに強大な力を持つ、人型兵器。
琥珀の視線から逃れるために顔を背ける。
「起こして悪かったな、琥珀。俺はもう寝るからお前も早く寝ろよ」
そう言って、本当にそのまま眠るつもりだった。
「ゴウ」
反射的に振り返る。
琥珀は、俺の頬を両手で挟んだ。
「逃げないで。ゴウ、何かおかしい」
琥珀の手を振り払おうとしたが、それも中途半端な位置で止まる。
「…手、離せよ」
「嫌なら、振り払えばいいでしょう」
琥珀は続けた。
「不安なことがあるなら、ちゃんと言って。言わないと、分からないよ」
俺は俯いた。
琥珀は頬から手を離したが、出て行く気配はない。
俺が話すまで琥珀はこの場を動かないつもりだろう。
仕方なく、ぽとり、ぽとり、と言葉を落とすようにして呟いた。
「俺が触れたら、琥珀を壊してしまうかもしれない…」
琥珀がホッと息をついた気配がする。
「私は壊れないよ」
「傷つけてしまうかもしれない…」
「大丈夫だよ。私はそんなに脆くない」
「俺は、兵器だから…」
「今はもう兵器じゃないよ」
「でも俺はっ!」
勢いよく顔を上げると、琥珀の穏やかな微笑みと向かい合った。
やめろ…そんな目で見るなそんな優しい表情をするな…。
この血塗られた手がある限り、俺は、どうしようもなく兵器なんだ。
「俺は…たくさんの人間を殺したんだぞ!お前と同じ、人間を!人間も同属も見境なくこの拳で!」
”許さない…”と俺に言った声が耳によみがえる。
これはいったい、何百人、何千人の声だ。
「お前にはこの赤が見えないのか!」
赤く染まった手を琥珀に突き出す。
「…ゴウ、私は前に言わなかった?」
琥珀は、それを目の前にしても、微笑んだままだった。
「兵器のあなたは、もう廃棄されたのよ」
琥珀の白い手が、俺の汚れた手を包むように握る。
「ゴウの手は、汚れてない」
琥珀の手に、力がこもった。
「あなたは、とても優しくなったじゃない」
「…優しいなんて」
「優しいよ。この前、庇ってくれたでしょう。君が優しくないなんて、そんなの私が認めない」
少し語気を荒げた琥珀は、力強く優しい声で言い切った。
「ゴウは、優しいよ」
その言葉は、作り物の冷たい体に染み渡るようだった。
「打ち明けてくれて、ありがとうね」
そう言って俺の髪を撫でる琥珀の手つきは優しく、俺の手を包むその手は温かい。
「琥珀」
「ん?」
「ありがとう」
何かに感謝をしたのは、この世界に産み出されて初めてだ。
琥珀は少し驚いた顔をして、嬉しそうに笑った。
「うん、どういたしまして」
ふと気付くと、俺の手は肌色に戻っていた。
琥珀との生活に慣れて、静かだが穏やかな日々を過ごしていた時だった。
雲ひとつない青い空の日。
それは、突然のことだった。
「ごめん、ゴウ」
「何だ、どうした?」
俺の向かいに座った琥珀は、薄い微笑みを浮かべたまま静かに告げた。
「私ね、今日、死ぬの」




