涙
「猫用の扉を作ってあげないといけないね」
琥珀の言葉に、俺は頷く。
「確かにな。いちいち開けてやるの面倒だし」
「ゴウ、日曜大工とか出来る?」
「一応な」
「高性能だね」
「今さらな感心だな」
「工具は一通り揃っているから、ちょっと待ってて」
「あぁ」
俺は皿で餌を食べている猫を見る。
「お前用の扉を作ってやるんだから、サイズ測るの協力しろよ」
「にゃあ」
「本当に意味分かってんのかな、こいつ…」
目の端に背伸びして棚の上に手を伸ばしている琥珀を捉えた。
俺は椅子から立ち上がり、琥珀に声をかける。
「おいおい、大丈夫か?俺がとろうか?」
「いい。あとちょっとだから…あ、届いた」
背伸びの体勢が辛かったのだろう。
琥珀は、工具に手が届いた瞬間、ぱっと引っ張った。
棚が、ぐらりと揺れる。
「あ、やばっ…」
食器などが入っている棚が琥珀の上に倒れるのを想像して、ぞっとした。
俺は咄嗟に駆け寄り、琥珀を庇うようにしゃがみこむ。
直後、肩に軽い衝撃があった。
それ以外は、何もない。
俺は、ホッと息を吐いた。
床を見ると、それはダンボール箱のようだ。
重いものは入っていないのだろう。それほど、軽い衝撃だった。
「棚が倒れてこなくて良かったな」
揺れたときは本当に焦った。
「怪我ないな?」
琥珀を見ると、…琥珀は、工具を抱きかかえたまま、ぽろぽろと涙を流していた。
琥珀は自分が泣いていることにも気付かない様子で、驚いてる俺をじっと見つめた。
「ゴウは…怪我…」
「いや、落ちてきたのは軽いダンボールだけだぞ?ちょっと驚いたかもしれねえけど、そんな泣くこと…」
琥珀は、くしゃっと顔を歪めた。
「なんで…なんでっ…」
「な、何がだよ?」
「なんで私を庇ったりするの…っ!」
「は?」
俺は首を捻る。何を言ってるんだ、こいつ。
「私なんかを庇ったりするから…!」
「おい、琥珀?」
こいつは、何処を見ている?
瞳には、確かに俺しかいないはずなのに、琥珀は俺を見ていない。
「だから”君”は…!」
「琥珀!」
俺は琥珀の肩を掴んだ。
「俺は、ここにいるぞ!」
琥珀の濡れた目が、俺を捉える。
「あ…」
琥珀は慌てて目元を拭った。
「ごめん、何か、動揺して…」
「大丈夫か、お前?」
琥珀は誤魔化すように笑った。
「涙はね、心から溢れ出すものなんだよ」
「は?」
「だから、驚きで心が揺れて、涙が溢れたの。それだけ。だから、気にしないで」
明らかにそれだけの感じではなかったが、琥珀がそう言っている。
「…そうか」
俺はそう言うと、ただ黙って琥珀が泣き止むことを待った。
猫はその騒動で驚いたのか、いつの間にかいなくなっていた。
扉を開けっ放しにしておいたので、そこから出たんだろう。
結局、猫用の扉を作るのは後日になった。




