猫
「…どうしよう」
俺は、買い物袋を抱えたまま琥珀に駆け寄った。
「帰ってくるなりどうしたの?」
琥珀が驚いた顔で俺に聞く。
俺は奴に聞こえないように、小さな声で琥珀に耳打ちした。
「謎の生命体が、背後からつけてくる」
「謎の生命体?」
「そうだ」
俺は鬼気迫る顔で説明した。
「真っ白な奴だ。動いてはいるが、そもそも生命体かも分からないんだ。小さくて弱いはずなのに素早い動きをする。捕まえようとしたら一瞬でかわされた。しかも、何か鋭いもので斬りつけてくる。俺じゃなかったら死んでいた」
「小さくて、素早くて、鋭いものを持っている…」
琥珀が特徴を復唱する。
俺はもうひとつ、大切な情報を付け足した。
「あと、四足歩行だった」
「…ねぇ、それ、ちょっと思い当たるんだけれど、確認してきてもいい?」
「止めておいたほうがいい。…殺られるぞ」
「私の予想が当たっていたら、そんなに怖いものじゃあないと思うんだけれど」
琥珀はそう言って、外に出て行った。
何の装備もなしに…あいつは怖いものなしか。
俺は慌ててあとを追う。
「琥珀!気を付けろ…ん?」
そこには、謎の生命体を抱き上げる琥珀の姿。
「ゴウ。私の予想当たってたよ」
琥珀は謎の生き物の頭と思われるところを撫でながら、余裕そうに笑った。
「この生き物ね、猫っていうの。この子は白猫ね」
猫とは危険な生き物ではなく、むしろ可愛い生き物である。
琥珀はそんな内容を長々と説明した。
その間も、琥珀の膝では猫がくつろいでいる。
「分かった?ゴウ」
「あぁ…大体な。群れを作らず夜行性で哺乳類で狩りを得意としていて肉球が柔らかいんだろ」
「そう。もう今では絶滅危惧種なの。和むでしょう?」
琥珀はそう笑って、膝の上で欠伸をしている猫を指差す。
「いや、全く」
「でも、ゴウについてきたってことは、ゴウのことが気に入ったんでしょうね」
「気に入られてもな…」
俺が溜め息を吐くと、猫はじっとそれを見ていた。
「…何だよ、文句あんのか?」
「……」
猫は黙ったまま、俺をジッと見つめ続ける。
「な、何だよ!やんのか!」
「こらこら、ゴウ。猫を怖がらない。それと猫に喧嘩を売らない」
「違う、売ってねえ。売ってきたのはこいつだ」
「猫相手に買い物しないでよ」
琥珀は笑ってから、猫を眼の高さまで抱き上げた。
しばらく猫と見つめ合っていた琥珀が問いかける。
「君、私の家に来る?」
「俺と猫は同等なのか」
同じような声のかけかたをされた覚えがあるんだが。
「にゃーっ」
猫は大きく鳴くと、今度はゴロゴロと変な音を立て始めた。
「おい、何か変な音が…」
「喉を鳴らしているの。ご機嫌なのね」
琥珀が猫の喉を撫でると、猫はさらに喉を鳴らした。
「つまり、来てくれるのね」
「猫って人間の言葉が分かるのか?」
「分かるでしょう。話さないだけで」
「なぁ、お前。言葉分かってる?」
猫は元気よく、「にゃあっ」と返事をした。
その日から、猫はこの家に来たり、ふらりと出て行ったりを繰り返すようになった。




