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琥珀  作者: 優希
第二章
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5/13

人間は貪欲だ。

数々の人間を見てきた俺は思う。

そう言い切れるのは、俺が人間に捨てられているからだ。


「…チッ」


舌打ちして、隣に捨ててあるテレビの液晶を蹴り飛ばす。

俺は人型兵器だ。

人間が造り出した、相手を潰すための道具。

しかし、光線を出せるような新型が造られたので、拳のみで戦い抜いた旧型の俺は不要らしい。

あれだけ勝利に導いてやったのに、腹が立つ。

さらに俺の苛立ちを助長しているのは、空から落ちてくる水だ。

俺よりも弱いくせに、しつこく纏わりついてきやがる。

ハエを払うように腕を振っても、またすぐに纏わりついてくる。

何だこの水、攻撃力もないくせに。


「寒そうだね」


その時、声がした。

空を見ていた視線を下げると、そこには水色の何かを頭上に掲げている人間がいた。

人間の中でも女と呼ばれる、戦場には滅多にいなかった種類だ。

戦場に来ることも出来ない弱者が、俺に何の用だろう。

しかし、人間の女は全く口を開く気配がない。

何なんだ、と思ったが、ふと思い出す。


「おい」


俺が声をかけると、人間の女は驚いたような顔をした。


「この水、何とかしてくれ」


俺が言うと、人間の女はきょとんとして、ふっと小さく笑った。

そして、一歩距離を詰めると、俺を水色の中に入れた。

途端に、水は纏わりついてこなくなる。


「何とか、出来た?」


人間の女に聞かれ、俺は頷く。


「あぁ。この物体は何だ?」


すぐ上にある何かに触ってみる。布製のようだ。


「物体って…これは傘だよ。習わなかった?」


「俺は兵器だからな」


俺の答えに、人間の女は特に驚いた様子もなく言い放つ。


「それにしては表情が豊かだね。あと、物を知らなくて生意気」


「お前、怖いもの知らずだな」


普通、自分よりも強者がいたら、恐縮するものだろう。

人間の女は俺の指摘など気にせず、質問してくる。


「どうして、ここに立ってるの?」


「今朝捨てられた。新型が出たから俺は不要なんだとよ」


人間の女は顔を伏せ、呟いた。


「相変わらず、人間は貪欲だね」


その言葉に、俺は疑問を覚える。

それは、機械の俺が思っていたことだ。


「お前は、人間だろう?」


「…君には、どう見える?」


人間の女は顔を伏せたまま、上げようともしない。


「人間だ」


はっきりと言い切る。

俺たち機械とは、戦闘力が桁違いだ。

戦闘力くらい、相手を見れば分かる。


「じゃあ、人間だよ」


「じゃあ、って何だよ」


気分がささくれているせいか、投げやりな返事に苛立つ。


「俺が捨てられたからって、なめてんだろ」


人間の女は何も答えない。


「人間なんか、一瞬で殺れるんだぞ」


そいつの首に手をかける。

しかし、全く抵抗がない。

力を込めてみるが、動じる気配すらない。

どんなに訓練された兵士も、殺されそうになると泣いて喚いて命乞いをしたというのに。

ついに、人間の女が”傘”を取り落とした。

俺は手をかけたまま力を緩める。人間の女は咳き込んだ。


「お前…死ぬことが怖くねぇのか?」


俺が聞くと、人間の女は俺を見上げた。


「殺したいなら…殺していいよ」


その目は冷たく、何処か寂しげだった。

思わず、手を離す。


「…お前、名前は」


「…琥珀…」


「琥珀か。俺は五号だ」


俺が名乗ると、琥珀は驚いた顔をした。


「名前があるの?」


「やっぱりなめてんだろ」


「いや、ごめんね。永く都市を離れていたから」


琥珀は、まるで久しぶりにそうしたかのように、ぎこちなく微笑んだ。


「五号。行く場所がないのなら、私の家に来ない?」


眉を寄せた困ったような顔で、ぎこちない笑みを続ける琥珀。


「お願い。そうして」


頼み込まれ、俺は考える。

確かに、俺に行き先はない。それに。

ちらりと琥珀を見る。

こいつにも興味があるしな。


「分かった」


俺はそう答えた。




琥珀の家は、都市からかなり離れた森の奥に、隠れるように建っていた。

こんなところに住んでいたら、外に出ることが億劫になっても不思議ではない。

森の緑の中でその家の青色は、ぽつりと建っていた。


「なんか、お前に似た家だな」


「ありがとう」


琥珀は、この家が本当に気に入っているらしい。

皮肉で言ったつもりだったが、訂正するのが面倒でやめた。


「…雨、酷くなってきたね」


声を掛けられ、自分がこの家をジッと見つめていたことに気が付いた。


「おう」


琥珀は暗証番号を使うことなく、戸を払って中に入った。

開けっ放しだったらしい。


「タオルを取ってくるから、五号はここで待ってて」


「あぁ、逃げも隠れもしねぇよ」


琥珀はパタパタと廊下を駆けていった。

斜め後ろを見ると、傘立て、と呼ばれるものがあって、そこには二本の傘がある。

ひとつはさっきまで使っていた大きめの水色の傘。

もうひとつは、古びた桃色の傘だ。

誰か同居人でも居るのだろうか。

そんなことを考えながら、俺は室内に目を向けた。

たくさんの色を塗りたくったそこは、悪趣味としか思えない。

それに、乱雑に置かれた物のせいで、足の踏み場がない。

俺は思った。

この人間は、戦場では生き抜けない人間だと。


「勝手にあがるぞ」


ひと声かけて、靴を脱ぐ。

室内に入る時は靴を脱ぐべきだということは習った。

音を立てて相手に気取られると厄介だからだ。

床の中央に置かれているものを手に取る。

人間が日常で使う道具というものに、俺は馴染みがない。

使い方どころが、名前すら分からない。

だから、とりあえず邪魔にならないよう、端に移動させる。

それを繰り返していると、琥珀が戻ってきた。


「お待たせ…って何散らかしてるの?」


「散らかしたのはお前だ!」


琥珀は、俺が手に持っているものと床の状況を見比べる。


「もしかして…片付けてくれていたの?」


「散らかってたから、つい」


手に持っていたものを端に置くと、琥珀はくすくすと笑った。


「五号って、意外と世話焼きなんだね」


「意外って何だよ」


「感心したんだよ」


「感心した奴は笑わねぇだろ」


「それは分かるんだね」


琥珀は笑いながら、少し背伸びして俺の髪を拭いた。


俺はそれをためらいなく振り払う。


「余計な世話だ」


「はいはい」


白いタオルを手渡され、俺は琥珀の頭にそれを乗せて雑に拭く。


「ちょっ…痛い痛い痛い…なんで私を拭くの?」


「お前が濡れてるから」


手を止めて答えると、琥珀はタオルを退けて言った。


「ありがとう。でも、私はいいの。五号のほうが濡れているから」


「俺はいい。兵器だから」


「…そういう言い方、好きじゃない」


「お前は人間だろ」


キッと睨み上げられ、思わず俺も睨み返してしまう。

張り詰めた空気を破ったのは、琥珀だった。


「…防水?」


「……は?」


「五号は防水なのって聞いたの」


「当然だろ」


最近の機械で防水じゃないものなんて、むしろ珍しい。


「じゃあ、汚れているからお風呂に入ったほうがいいね」


琥珀は俺に背を向けると、何事もなかったようにそんなことを言った。


「おい…」


「いいから。ほら、早く」


言葉を遮り、琥珀が奥へ進む。


「何なんだよ…」


俺は呟いて、琥珀のあとに続いた。

足場の悪いところには慣れているが、色彩の豊かさに目眩がする。

こんな家に住んでいる琥珀は、やっぱり変わり者だ。

琥珀はオレンジ色の扉の前で立ち止まった。


「お風呂はここ。シャワーの使い方は分かる?」


「そのくらい分かる」


「傘は知らなかったけれど」


「うるさい」


「じゃあ、五号が入っている内に、服を買ってくるから」


「いい。気を遣うな」


「そういうわけにもいかないでしょう」


琥珀は水色の傘を持って外に出て行った。




「上がったぞ。服、悪かったな」


桃色の椅子に座っている琥珀に声をかけると、琥珀は俺を振り返って溜め息を吐いた。


「なんで、わざわざ元の服を?」


琥珀の前に、琥珀が買ってきた服を机の上に置く。


「こんな薄っぺらい衣服より、この戦闘用衣服のほうが安全だ」


「…うん、そんな理由だろうと思った。まぁ、座って」


水色の小さな机を挟んで、琥珀と向き合うように紫色の椅子に座った。

俺が座っても、琥珀は難しい顔で黙り込んでいた。


「なんだ、怒ったのか?」


俺がそう言うと、琥珀はゆるゆると首を横に振った。


「違う、五号は悪くないよ。五号もそう設定されただけって知っているから」


琥珀は寂しそうに言うと、俺のことを真剣な顔で見つめた。


「ねぇ、五号」


「なんだ」


一瞬目を逸らした琥珀が見たのは、小さな火が揺らめいている所だった。

家具の一部だろうか。


「これから、ここで一緒に暮らさない?」


火から離した目線を琥珀に向ける。

真剣な顔だった。

…あぁ、なるほど。

俺は悟った。

所詮は、こいつも力が欲しいだけの欲に塗れた人間だということか。

それが落胆という感情だと気付いて、俺は琥珀に期待していたことに気付く。

人間は貪欲だ、と言い切った琥珀に、自分は何処かで同族であることを期待していた。

俺が、人間に、期待を。

フッと嘲笑した。

下らない。

その嘲笑は琥珀に対してのものなのか、自分に対してのものなのかは分からない。


「お前、俺の主になりたいのか」


ゴミ捨て場から拾ってきたんだから、値段はタダだ。

しかも、機械は人に逆らえない。

だが、残念だったな。

俺は人間に逆らうことができる。

だって俺は、多くの人間の血を浴びた兵器だから。

そこまで考えたところで、琥珀が首を横に振った。

…横に?


「違う」


琥珀は言い切った。


「私は、五号の主なんかになりたいんじゃない」


俺は首を傾げる。

何を言っているんだ、この人間は。

新しい主でないなら、俺を拾った理由や面倒を見てくる理由が分からない。

琥珀は、そんな疑問も全て心得ているという風に、優しく微笑んで頷いた。

そして、俺の頬を両手で包んだ。

振り払おうと手を動かして、中途半端な場所で止まる。

また、だ。

微笑んでいるはずの琥珀の表情が、何故か泣いているように見える。

俺は振り払うことを諦め、手を下ろした。

…別に、心底嫌なわけではない。


「いい?よく聞いて」


琥珀はゆっくりと言い聞かせるように言った。


「兵器の君は、もう廃棄されたの。これからは、人間として生きて」


「人間として…だと?」


俺は、汚い人間しか見たことがない。

あんなものには、なりたくない。

俺が顔を背けると、琥珀はぐいっと正面に戻した。

また、琥珀と目が合う。


「でも、俺は…」


「もう五号に、主なんていない」


琥珀は遮るように言うと、続けた。


「五号は、戦わなくていい」


包み込むような微笑みに、何故か泣きたくなった。

涙なんて無駄な機能は備わってない。

でも、そんな気持ちになった。


「好きなだけここにいればいいし、出て行きたくなったら出て行っても構わない」


琥珀は、真っ直ぐに俺を見つめ続ける。


「五号は、自由よ」


「俺は…」


どうせ人間として暮らすのならば、琥珀にいてほしい。


「俺は…ここにいる。どうせ行き場もないしな」


その返事に、琥珀は笑った。


「ありがとう。これからよろしくね」


「礼を言われる筋合いはねえ。それにしても、この部屋は何だ?散らかりすぎてて、若干引くぞ」


「…五号は生意気だね」


色とりどりのこの部屋で、琥珀との生活が始まった。


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