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琥珀  作者: 優希
第一章
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4/13

それは、雲ひとつない青い空の日でした。


「桜、今年も咲いてるかな」


窓の外を見て彼女は呟きました。


「行ってみますか?」


僕が聞くと、彼女は「じゃあ行こうか」と立ち上がりました。

桜を見るのは、もう何度目になるでしょうか。

彼女は春になるたびに、山の中の桜を見せてくれます。

傘や椅子も桃色ですし、きっと桃色が好きなのでしょう。


「ちょっと風が強いね」


外に出ると、彼女はそう呟きました。


「昨夜は暴風でしたからね。止めておきますか?」


僕は平気でも、小柄な彼女は飛ばされてしまうかもしれない、と心配してのことでした。

しかし、それを伝えると、彼女は笑いました。


「大丈夫だよ。それに、人はこれくらいの風じゃ飛ばないから」


僕はその言葉を信じると、彼女と共に歩き出しました。


「今日はね、ちょっと君に話しておきたいことがあるんだ」


彼女の言葉に、僕は首を傾げます。


「何ですか?」


「桜の下で話すよ」


彼女はそう言ったきり、その話には触れずに当たり障りのない日常会話を始めました。



その桜は、山に囲まれた場所にあります。


「今年も綺麗だね」


彼女は笑顔で桜を見上げました。


「それで、話というのは…」


僕の言葉は途中で止まります。


「うん、実はね」


彼女の背後の山から、木が、―――――


「危ないっ!」


僕の体は咄嗟に動いていました。

彼女を力いっぱい突き飛ばします。


「えっ…」


彼女はわけが分からない、という顔をしました。

そして次の瞬間。


轟音がして、僕の上に巨木が落ちてきました。


強い衝撃に体が耐え切れず、地面に叩きつけられます。

血が出るわけではありませんが、体中から金属の折れる音や回線の千切れる音がしました。

それは、一瞬の出来事でした。


「え…?」


半分潰れながらも、首から上は巨木の下から逃れていました。


「すみ、まセん、琥珀サん。ケガハあ、りマせんでシタか?」


声を発するための回線が切れたのか、声は所々裏返るような不格好なものでした。


「怪我、なんて…そんなの君のほうが…」


彼女はふらふらとした危ない足取りで僕に歩み寄り、膝をつきました。


「なんで…なんで…?どうして私を庇ったりしたの…?君は…そんな…なんで…」


視界が不安定でよく見えませんが、彼女は泣いているようです。


「すミませン。咄嗟ノ、判断で、こハくサんを守ル、こトしかデキま、せんでシた」


彼女の涙を拭うことは、手のない僕にはできませんでした。


「コはく、さンが危ナイと思、っタら、体ガ勝手、に動いテイまし、タ」


「ごめんね、ごめんね…ごめん、私のせいで…」


「泣カな、いデクだサイ、こは、クサン」


―――――機械だから、痛くはないんです。

人ではないから、怖くもないんです。

今はただ、貴女を守れたことが、誇らしいんです。

だから、泣かないでください。

どうか、いつも通り笑ってください。

貴女が泣いていると、僕はどうしていいか分からなくなってしまう…。


彼女は、僕の頭を抱きしめました。


「すみマセん、琥珀サン…。ボク、もう…イシきが…」


「謝らなければいけないのは私のほうなのに…。君は、謝ってばかりだね…」


彼女は薄く微笑みました。

目の端には、まだ涙が溜まっています。


―――――貴女を残して逝くのは、正直心配です。

それに、まだ貴女と季節を過ごしていきたかった…。

でも、僕には時間がなくなってしまいました。

もう、貴女の顔すら見えなくなりました。

あぁ、叶うことなら。

貴女の笑顔を、まだ見ていたい…。


「あリガとウ」


彼女の泣き叫ぶ声が、遠くに聞こえます。


―――――ありがとう。

ありがとう、僕を拾ってくれて。

ありがとう、いろんなことを教えてくれて。

ありがとう、綺麗なものを見せてくれて。

ありがとう、笑ってくれて。

ありがとう、泣いてくれて。

そして、僕に心をくれて。


本当に、ありがとう。


視界が白に染まりました。

まるで、あの日の雪のような…。

あの日の感情を、今も心に在るこの感情を、言葉にするなら。


僕は最期の力を振り絞り、告げました。


「愛しています、琥珀さん」


意識は、そこで途切れました―――――。

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