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琥珀  作者: 優希
第一章
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3/13

この家に来てから、初めて雪が降りました。


「雪はね、人を楽しくさせるんだよ」


彼女はそう言って笑いました。

しかし、僕は雪で楽しくなる人間を見たことがありません。

戦場では指揮官が「厄介だな」と舌打ちしていましたし、街の人はみな俯いて迷惑そうに歩いていました。

きっと、この白い雪のように綺麗な心の人にしか、見えない何かがあるのでしょう。


「雪が降ったら外に出るの。コタツで丸くなるのは猫だけだよ」


彼女はよく分からないことを言いながら、僕にマフラーを巻いてくれました。


「温かくしないと、外は寒いからね」


「僕は平気です」


「駄目よ。見てる私が寒いでしょう」


彼女はそう言うと、自分もマフラーを巻きました。

確かに、温かそうです。


「じゃあ、行きましょうか」


楽しそうな笑顔を浮かべた彼女は、外へ繋がる扉を開きます。

厚着した彼女の袖に触れて、あの日の桃色の傘が傘立ての中でくるりと回りました。


「…すごい、一面真っ白ね」


その声につられるように、僕も外へ出ます。


―――――心が、震えました。


僕に心はありません。

しかし、どこまでも続いていそうな真っ白な世界を見て、僕の心は確かに震えました。


「ね、綺麗でしょう」


固まってしまった僕に、彼女は自慢げに笑いかけます。


「…はい。とても、素敵です」


声を絞り出すようにして答えました。


「気持ちを共有できることって、こんなに嬉しかったかな」


不思議だね、と彼女は笑いました。

僕の返事を待たずに、彼女は言葉を続けます。


「あのね、春は暖かいの。夏は暑くて、秋は涼しい。そして、冬は寒い」


「はい、知っています」


琥珀さんに、教えてもらいました。


「全部、一緒に過ごしていこうね」


僕が頷くと、彼女も満足げに頷きます。

しかし、僕にはひとつ不安なことがありました。


「共有…できているのでしょうか」


「ん?」


「きっと、琥珀さんの言う感覚は、僕には理解できません」


「…うん」


「だって、冬は寒いはずなのに、僕は今、何故か温かいんです」


彼女は虚をつかれた顔をしてから、静かに微笑みました。

それは、初めて会った時の表情に似ています。


「共有、できてるよ」


「どういうことですか?」


「私も、温かく感じているから」


「冬は寒いのに、ですか?」


「うん」


僕の胸に、彼女はそっと触れました。

やはり、温かくて柔らかい、優しい手です。


「温かいのは、心だよ」


「心、ですか」


僕は首を傾げました。


「僕に…心があるのでしょうか」


「あるよ、ここに。温かい心が」


彼女はきっぱりと言い切り、僕に笑いかけました。


「…琥珀さんが言うのなら、そうなのかもしれません」


こんなに安心感を与えてくれるものはきっと無理ですが、僕も笑顔を作ろうと頬を動かしました。

彼女は僕の顔を見て、ぷっと笑いました。


「ぎこちない笑顔ね」


「…そうですか」


頬を元に戻します。

彼女のような笑顔が作れなかったことは残念です。


「無理しなくても、その内できるようになるよ」


「その内、ですか」


「うん。大丈夫、時間はまだまだあるんだし」


「…そうですね」


彼女を過ごすこれから、を考えると、何だかわくわくします。

きっとこれは、”たのしみ”という感情です。


「そろそろ帰ろうか」


「はい」


彼女と共に、青い屋根の家に向かって歩き出しました。

ふと、足を止めて後ろを振り返ってみました。

そこには、彼女の小さな足跡と僕の大きな足跡が並んでいます。

この…感情は、何でしょう。

温かくて優しい…まるで、彼女のような。


「ねぇ」


声を掛けられて、ハッとしました。

彼女を見ると、立ち止まって僕を振り返っています。


―――――人の寿命が、僕たち機械よりも短いことは分かっています。


「今日の夕飯、何がいい?」


僕は彼女に駆け寄ります。


―――――しかし、彼女と共に日々を重ねることを、僕は望みました。


「琥珀さんの好きなものでいいですよ」


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