琥珀
私を造ったのは、”琥珀”という名前の綺麗な女の人だった。
彼女は、私のような感情のある機械を造り出せるほど、天才だった。
家に来る立派な服を着た偉いひとたちは、彼女を気難しいという。
愛想がなくて、いつも眉間にしわを寄せていると。
でも私は、そんな琥珀さんも大好きだった。
「琥珀さん」
彼女が難しい顔のまま振り返る。
手には機械を持ったままだ。
「…何?」
その、凜とした声も好きだった。
彼女の向こう側で、暖炉の火がパチパチと音を立てている。
「今ね、変な虫がいたの。名前を教えて?」
生まれたばかりの私には全てのことが興味深く、小さなことでよく彼女を呼んでいた。
「今、お仕事中なの」
「でも琥珀さん、お仕事嫌いでしょ?」
自分の眉間をつついて言うと、彼女も自分の眉間に手をやった。
「違うの。お仕事は好き。ただ、そのやり取りをする人間が嫌いなだけ」
彼女は人間が嫌いだ。
幼い頃に両親を亡くした彼女は、天才であったために周りの人間に利用されたり特異なものとして遠巻きに観察されたりしたらしい。
よくあることだと彼女は言う。
でも、いまだに人間に会うときには難しい顔になっている。
「そんなに嫌なら、私を渡せば良かったのに」
この前まで、感情を持った機械である私を売ってくれと大勢の人が押しかけてきていた。
中には、一生遊んで暮らせるくらいのお金を出すと言った人もいた。
その人に私を売れば、彼女は仕事をしなくてもよくなるから、嫌いな人間に会わなくて済む。
私にとっては何気ない言葉だった。
「絶対に嫌よ」
彼女はそれを強く拒絶した。
私は、それが何だか嬉しかった。
「嫌なの?」
「嫌。貴女だけは絶対に渡さない」
「絶対に?」
「そう。だって、貴女は私の娘のようなものだから」
貴女は私の娘のようなものだから。
琥珀さんの口癖だった。
何かを成し遂げたときも、失敗したときも、彼女はこの言葉を使う。
その口癖も、好きだった。
「琥珀さん」
「何?」
「お腹すいたね」
「じゃあ、お昼にしましょうか」
彼女は手に持っていた機械を置いて、椅子から立ち上がる。
直後、何かに気付いたように彼女が困った顔をした。
「どうしたの?」
「暖炉の薪木がそろそろ切れるね」
薪木は外にある。
彼女は窓を見ただけで、ぶるっと震えた。
冬になると必ず暖炉の前で仕事をするほど、彼女は寒がりだ。
「琥珀さんがお昼を準備している間に取ってくるね」
「ありがとう」
私が言うと、彼女が微笑んだ。
彼女が笑うと、彩り豊かなこの部屋が、さらに鮮やかになる。
無表情な彼女も好きだけれど、笑顔の彼女も好きだった。
「琥珀さん」
「今日はやけに私の名前を呼ぶね」
彼女がまた笑う。
私は嬉しくて、彼女に抱き着いた。
「私ね、琥珀って名前、とっても綺麗で大好きなの」
「両親が唯一私に遺したものよ。ありがとう」
彼女は私の頭を撫でてくれた。
「じゃあ、私が死んだら貴女にあげるよ」
死んだら。
彼女は、私に出来るだけたくさんの年月を与えてくれた。
彼女が先に死ぬのは、分かり切ったことだった。
それを悲しく思いながらも、何十年も先のことだと私は割り切る。
「”琥珀”をくれるの?」
彼女は頷いた。
「ありがとう。でも、長生きしてね」
「…うん。”琥珀”をあげられるのは、だいぶ先になりそうね」
それでいい。むしろ、それがいい。
こんな穏やかで幸せな時が続くならば、何ももらえなくてもいい。
私は、そう思った。
「ねぇねぇ」
「ん?」
「大好きだよ、”お母さん”」
私が告げると、彼女は悪戯っぽく笑った。
「私も大好きだよ、”琥珀”」
これが、最後の思い出。
この次の日だったのだ。
琥珀さんが、その才能に嫉妬した人間に殺されたのは。
私は予定より数十年も早く、”琥珀”になった。




