定温 + メトロノーム = 絶句
電車の中で携帯のバイブレーションが反応する。
おそらく後藤からの電話。
車両連結部に移動して、連絡を受ける。
「もしもし」
「神谷さん、電話番号わかりました」
「OK。教えて」
後藤から病院の電話番号と岡崎氏の携帯電話番号が告げられる。
「横田から連絡あった?」
「はい。正直どうしていいかわかんなかったんですよ。横田さんいれば安心です」
「そうか。良かった。俺は病院に向かってる。ここに連絡してその後警察に行くか、会社に行くか、帰るか判断するよ」
「はい」
「じゃあ」
「お疲れ様です」
電車を降りると、早速病院に連絡する。
「市立総合病院です」
「すいません。伺いたいんですが、今日葛西という男性がそっちに運ばれたと思うんですが、えーっと、具合はどんな感じですか?」
「失礼ですが、お電話口の方は葛西さんとはどのようなご関係ですか?」
「あーすいません。葛西の会社の直属の上司の神谷と言います」
「神谷様ですね」
「はい。警察から会社に電話がありまして、状況が全く飲めてないんですよ。今、私もそちらに向かっていますが、状況だけでも把握したいんです。できることなら葛西に代わって欲しいくらいなんですが」
そう言いながら、葛西の携帯電話に連絡すれば良かったか?と後悔した。
「葛西さんと同僚の方ですね。少々お待ち下さい」
「え?」
こちらのリアクションの前に保留音が流れる。
あまり感じのいい対応ではない。
こちらの要求の可否を一つも解決せず、何のために少々お待ちするのかも不明瞭である。
徐々に腹が立ってきた。おそらく僕よりも年下の小娘だ。
改札を抜けて病院方向へ歩き出した。
おそらく駅からは25分くらいかかる。
ビートルズの保留音が3回転目に差し掛かったところで、男性の声に切り替わった。
「お待たせしました。担当医の高橋と申します」
「あ、神谷と申します」
「葛西さんの同僚と伺いましたが」
「はい。葛西の上司にあたります」
「なるほど。大変申し上げ難いのですが、葛西さんはお亡くなりになりました」
「・・・」
大変申し上げ・・ぐらいからお腹をグワッと持ち上げられるような気持ちの悪い不安感が一気に込み上げられた。
一定のリズム、一定の温度で医者の高橋はサラリと言い放った。
小売店の店員の「大変申し上げ難いのですが、こちらのサイズは売切れておりまして」の方が大変申し上げ難そうだが、高橋のメトロノームのような無機質な報告を前に人生で初めて絶句を体験した。
「こちらに搬送された時にはすでに手遅れでして、蘇生処置は行いましたが残念です」
「ちょ。ちょっと待って!」
「はい」
冷静に状況を把握しろ。
煙草を取り出せ。
ライターで火をつけろ。
一つ一つの行動を頭の中で言葉にして命令した。
ライターを持つ手が震えている。
この震えは寒さなのか動揺なのかはわからない。
「すいません。了解しました。あの、状況を伺いたいのですが、どこか悪かったんですか?いや、今から20分ほどでそちらに着きます。その際にご説明頂けませんか?」
「わかりました。では受付で整形外科の高橋と言って下さい」
「わかりました。では失礼します」
「はい。失礼します」
携帯電話を耳から離し、×印の付いた「通話終了」ボタンを押す。
しばらく、1,2秒だけ携帯の画面を見続ける。
「大丈夫」本当に小さくつぶやく、口に出たかどうかはわからない。
「どうしたの?大丈夫?タクシー使う?」
彼女が足を止め、すでに道路側に寄りタクシーがいないか首を動かしている。
「いや、いい。葛西が死んだって。少し時間があった方が落ち着く」
「え?本当に大丈夫?」
「大丈夫。本当に」
「そっか」
「ありがとう」
会社に電話をかける。
「お電話ありがとうございます。株式会社TDIの相沢が承ります」
1コール鳴ったかどうかというタイミングで相沢さんが出る。
「お疲れ様です。神谷です。横田いますか?いなければ後藤」
「お疲れ様です。少々お待ち下さい」
保留音。どのように話そうか悩む。
「お疲れ様です。横田です」
「お疲れ様です」
「一応相沢さんから上には報告済みで何かあれば立花常務に連絡いれることになってる」
「そうか。早速で悪いんだけど、葛西やねんけど」
「おー病院着いた?でもお前まだ外だよな?」
「うん。電話で連絡付いた。っで、葛西死んだって」
「え?」
「あと20分くらいで病院に着く。詳しいことはその時に聞くよ」
「え?死んだってどういうこと?」
「いや、俺にもわからない」
「警察は?」
「悪い。まだ連絡してない。これから連絡するよ」
「おう・・」
「悪いけど、立花さんに連絡お願いできる?」
「うん。詳しいのはこれからだな?」
「うん。立花さん携帯に連絡入れたのに、出なかった」
「え?そうなの?」
「うん。まぁええわ。とりあえず連絡お願いします」
「了解。大丈夫か?」
「俺は大丈夫。じゃあよろしく」
「おう」
H県警の岡崎氏に連絡する。
僕は電話の際は相手の都合も考えてコールは5回までと決めている。
しかし、岡崎はコール音ではなく会社で流れているFMで聞いたことがある割と最近の女性シンガーの曲が流れだした。
若い人なのだろうか?
「もしもし」
「もしもし。わたくし本日お電話頂きました株式会社TDIの神谷と申します。葛西の件でご連絡させていただきました」
「あーそれはどうも。またかけますと言って遅くなってしまいまして、すいません」
またかける?おそらく後藤の伝達漏れだろう。
「いえいえ、今、市立総合病院に向かってます。こちらはまだ全体の詳細が把握できていないのですが、簡単にご説明いただけますでしょうか?警察の方からご連絡ということは事件なのでしょうか?」
「なるほど。失礼しました。事件性が高いと判断されたので、お調べしています。まだ何とも言えませんが」
「これから搬入された際のことを病院に言って聞きます。葛西が死亡したことも先ほど電話で聞きました。殺されたということですか?」
死んだという言葉の丁寧な言い方がわからず死亡という言葉をセレクトしたが、死亡という言葉は重たく殺されたという言葉の攻撃力が鋭く僕の体内の何かを切りつけた。
「可能性の話です」
「その可能性が高いんですよね?」
「なんとも言えません」
さっき事件性が高いと判断と言ってたじゃないか。その後は病院で話しを聞けばいいと思い電話を切っ
た。改めて連絡が来るらしい。それはきっと捜査の一環だろう。
携帯をジーンズの後ろポケットにしまい、煙草を取りだした。火を付けて、ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んだ。
病院に着くまでにニコチンを摂取しなければ、病院ではきっと吸えない。
部下が死んでも煙草の時間配分は冷静に行う。
心が重く、お腹がもやもやするだけで、他は何もかわらない。
しかし隣の彼女は普段のように右手をポケットから引っ張り出すことはせずに黙って歩いた。




