2.過去の事情
「リディア殿!」
リディアは自分の名を呼んで追いかけてきた魔法師を見つめ返す。
彼が呼んできたのは“姓”では無く、“名前”だった。
「ハーネストです」
「私は、ランスのマート・ヘイ上級魔法師です。リディア殿のお噂はかねがね。いやあ、『春風のリディア』、まさに春の女神ですな。ご一緒できて光栄です」
ハーネスト、と姓を強調したのに、無視だった。
だからリディアも、彼が言う『春風のリディア』という名称を無視した。
「そうですか。――配置についてください」
「ああ、それでまあ、機会があったらぜひ見たいものです。その、奇跡の御業を」
ついてくる男に、リディアはピタリと足を止める。作戦遂行の前に雑談って何?
「でしたら、試してみますか? ここで死んで頂けたらお見せしますが」
「いや。ご冗談を、私は死にたくありませんよ」
喋る度に口元が歪むのは癖だろうか。
好奇心なのか、持ちあげているのか、まさかナンパかはよくわからないけれど。
(こんなときに私を持ち上げて、どうするの?)
「言っておきますが、成功率は私の心証によって下がります。今の会話で、あなたの蘇生率は、一割程度になりましたから」
「え!」
リディアは言い捨てて、自分も生け垣正面に屈んだ。
***
ディアンの部隊が配置場所に到着するのを待ちながら、リディアは暮れゆく空を見上げた。
(日没までに、終わらせないと)
建物上方にある、細長く空いた隙間の窓にあたるものが光源になる。
古い、五百年くらい前の石材建築。だから窓も小さい。
視界不良は、今回のような混成部隊には不利となる。
見慣れない仲間を、敵か味方か判断する認識が難しくなる。
――ここは、東国境に近い辺境の村ヴィンチ。
隣国との小競り合いで、住民はほぼいない廃墟。
けれどここ最近、国教正統派という、現在の国教に対して原点回帰を主張する一派が、略奪など過激活動を行うようになっていった。
その彼らの点在する拠点のひとつが、この村だ。
リディアの所属する魔法師団は、第一師団と第二師団、そして第三師団の混成部隊で、王の命令で残党の攻略に当たっている。
特級魔法師であるディアンは第一師団の団長。
そして、リディアは、第三師団の団員。
シールドの団長は、外交に赴く国王の警護中。
副団長は今回の村の制圧時に、爆弾により重傷を負い搬送。
急遽、リディアが総指揮をとることになったのは、この領土がシールド管轄で、リディアが特級魔法師だからだ。
師団では、作戦により指揮官を変える。
いつ上が死ぬかわからない案件を受けることも多いため、様々な経験をしておくこと。さらには、相手側にその時の指揮官を特定させないためでもある。
ただし経験不足で未熟なものに命を預けたいと思うものなんていない。
だからこそ、仲間であり部下でもある彼らには、まず一番に信用されることが必須。そして従わせるだけの力がないといけない。
けれど――得意ではない。
――リディアが、この戦闘集団にいる理由、特級魔法師に認定されている理由、それはある特殊性によるものだ。
かつての文明は、魔法の黄金時代と言われていた。
しかし、千年前の大陸全土にわたる大戦によって、人類はかなりの数を減らした。
この百年はようやく過去の魔法を少しずつ解明することができ、今では魔法は六系統の「風・水・木・火・土・金」に大別されている。
そして、その六系統とは別に死と生を司る魔法を入れて、八系統としている研究者もいる。
ただ、この生と死の魔法は、あくまでも概念上のものだけと言われていたのだ、数年前までは。
魔法学校にいた十歳の時、リディアは死から人を救った。
実在しないと言われていた、蘇生魔法を発現したのだ。
それによりリディアは、世界で唯一の蘇生魔法の使い手として特級魔法師に認定され、半ば強制的に魔法師団に入団させられた。
――その他の魔法の能力は低く、このエリート戦闘集団に入る力は到底なかったのに。




