1.過去からのはじまり
「――行ってくるね」
彼らの姿を目に焼き付けるようにリディアは顔をあげる。
そこには大事な人たちがいた、彼らも何かをいいたげで、けれどリディアを信じているという面持ちで見つめ返していた。
「リディア、絶対に帰ってこい。たとえお前が忘れても、かならずお前をみつけてやる」
団長のディアン。
「過去が変わっても、俺はあなたとまた会います」
「アンタ、俺は諦めてねーからな。覚えてろよ」
そして生徒たち。
ありがとう。リディアはそう言って、頷いた。
――未来は変わらない。
過去に戻っても同じ道を選んでしまう。そう思っていたのに。
今は、未来を変える。過去を変える。
そう信じて。
***
薄黄色の日差しが切妻屋根に反射している秋の夕刻。
あと一時間もすれば、橙色の空は、すぐに青から漆黒に変わる。
リディアは、目前に佇む旧集会所の見取り図から顔をあげて、自分を取り囲む男たちに目を向けた。
「部隊を二手に分けます」
周囲は、自分より背も高く体格もいい戦士達。それぞれが、鋭い眼差し、油断のならない気配、そして好戦的な性格を持っている。
呑まれてはいけない、目で、声で、気配で、そして内容で従わせる。それが求められていること。
自分が今回の作戦の指揮官だ。
「ボウマン師率いる一隊は正面入口から突入、大広間まで急進し敵を制圧。支援部隊は後方のここから進入」
リディアは、見取り図上の正面入口の正反対にあたる最奥の壁を、トンと指で叩く。
自分の細い指は頼りなく見える、けれど叩く音に彼らの目がここに集中するのを感じる。
「裏手の壁を破壊し侵入、回廊を抜け、大広間後方に回る」
「後方部隊に人員を割きすぎじゃないのか」
不精鬚を撫でながら胡乱げに図を見下ろすのは、リディアの父親ほどの年齢の経験の長いガロ。
リディアは、自分の読みに迷いを見せないよう、淡々と口を開く。
「村人からの話では大広間後方に小部屋があったといいます。敵は、何らかの戦力を潜ませている可能性が高い。挟み撃ちは避けたい」
リディアは即反応し、一息に言う。
「敵は、この地の古代魔法を利用している可能性があります」
「ふん! 古代魔法など! 時代遅れどころか野蛮人の残り滓だ」
「ですが、この集会所というのは、過去に何らかの術を行っていた聖域または祈祷所と考えられます」
「いいかね! そんなものは、まがい物のインチキ魔術だ。我々の近代魔法に敵うものではない。さっさと煽動者をひっ捕まえて終わらせるんだ」
古代魔法という固有名詞は、ボウマンには禁句だった。リディアの言葉に鼻息荒く興奮を見せる彼に、しまったと思いながら冷静に返す。
彼が民間信仰のたぐいだと、普段から馬鹿にしているのは、敵対する大学教授がその研究をしているから。
ブラム・ボウマンは四十代前半のダークグレーの髪の上級魔法師だけど、本来の専門は研究。
視野が狭く、神経質で、正直戦場には不向きだ。
けれど、彼はこの混成部隊の総司令官でもある権力者、そして魔法省から派遣されてきた国家特殊任務調整機関のお偉方。
戦闘経験はともかく、本人の希望で突撃隊を任せざるをえないのだ。
「――後方からの支援部隊の指揮は、マクウェル団長にお願いします」
第一師団団長のディアン・マクウェルが、漆黒の冷えた眼差しを向けてくる。
夕日が反射して、黒髪に紅みを映す。
大抵の者は、その整った顔に落ち着かなさを覚え、酷薄な目が冷ややかに笑うのを見て肝を冷やす。
けれどリディアは長いつき合いだ。
放つ魔力も威圧感も相当、でもいちいち恐れていたら何もできない。
彼の目をまっすぐに見つめる。視線はそらさなかった。
「――お前は?」
リディアよりも五歳年上の彼も、リディアを見つめ返し一言だけ尋ねる。
「私は、正面から突入します。ボウマン師と一緒に」
ディアンに任せる後方支援のほうが、何があるか読めない。
先程から嫌な予感がするのだ。
ここは、まだ解明されていない旧文明の土着信仰で使われていた集会所だ。
だから、最も戦闘能力が高いディアンをそちらに回す。
(ただ……)
ボウマンのほうを見そうになるのを留める。
彼は前線に加わるのを望んでいるが、自分の能力を把握していない疑いがある。
突入せずにここで待機していてくれればいいのに、この作戦で突撃の指揮を取ることが、今後の何かの昇進の役に立つのだろうか。
(――私が、補助するしかない)
リディアは気負う心を抑えて息を整える。
ディアンには、不確定要素の大きい後方支援に回ってもらう。
正面からの突入は、自分がボウマンを補佐する。
「ふーん」
ディアンは納得したのか、何かを含んでいるのかわからない返答をする。
リディアはわずかに心の中で逡巡する、これでよかったのかと。
「では突入だ、みな散れ、散れ!」
ボウマンが収まりの悪いやりとりには気づかず、せかせかと場から離れ、神経質に怒鳴り散らす。
ディアンもそれ以上は言わない。
ちらりとリディアを見て、皆と同じように離れて行った。
後悔はあとからするもの。
けれど、予兆はあった。あの時感じていたのに、と思うものなのだ。
リディアは――自分の欠点を知っていた。
人に頼めない。頼れない。自分ですべて抱え込んでしまう。そうしなければいけないと思ってしまう。
それでも――頼れない。




