6K. 敵は誰だ
【勝麟太郎視点】
長州は敵。
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最近、
何度も聞く言葉じゃった。
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役所でも。
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茶屋でも。
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酒の席でも。
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長州。
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朝敵。
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討つべし。
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潰すべし。
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皆同じことを言う。
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勝も否定はせん。
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実際、
禁門の変もあった。
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幕府に逆らった。
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事実じゃ。
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だが。
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何か引っかかった。
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その日の午後。
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勝は役所の一室におった。
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最近与えられた仕事じゃ。
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外国関係の資料整理。
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読める者がおらん。
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だから回ってくる。
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ありがたいような。
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ありがたくないような。
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微妙な仕事じゃ。
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机の上には、
報告書が積まれている。
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英国。
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仏蘭西。
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露西亜。
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米利堅。
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見慣れた名前ばかりじゃ。
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勝は紙をめくる。
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港。
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船。
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砲。
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鉄。
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工場。
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そして人口。
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(多いな)
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何度見ても思う。
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多い。
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大きい。
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強い。
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そのとき。
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長州の話を思い出した。
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朝敵。
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討伐。
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征討。
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皆が熱く語っとる。
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だが。
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資料へ目を戻す。
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英国。
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フランス。
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ロシア。
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どれも長州より大きい。
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幕府より大きい。
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日本より大きい。
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(敵か)
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ふと思う。
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敵とは何じゃろう。
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長州か。
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外国か。
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それとも別の何かか。
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答えは出ない。
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ただ。
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少しだけ違和感があった。
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そのとき。
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「勝」
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声がした。
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顔を上げる。
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上役じゃった。
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「はい」
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「少し来い」
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嫌な予感しかしない。
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だが断れん。
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勝は立ち上がった。
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案内された部屋には、
見知らぬ男が二人おった。
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着物も立派じゃ。
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偉い人じゃろう。
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たぶん。
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「勝麟太郎か」
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「はい」
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「外国資料を読んでおるそうだな」
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「少しだけ」
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男たちが苦笑した。
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最近このやり取りが増えた。
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「海軍の話も分かるか」
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「多少は」
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「多少らしいぞ」
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もう一人が笑う。
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嫌な感じではない。
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むしろ試されている感じじゃ。
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「勝」
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一拍。
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「今後、海軍関係の資料も扱え」
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勝は少し固まった。
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「海軍ですか」
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「そうじゃ」
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男が頷く。
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「外国を見るなら」
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「船が要る」
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「船を見るなら」
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「海軍が要る」
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当たり前の話じゃ。
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だが。
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勝には嬉しかった。
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世界へ一歩近づいた気がした。
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「やります」
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即答じゃった。
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男たちが少し笑う。
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「好きそうだな」
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「好きです」
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正直に答える。
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部屋に笑いが起きた。
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その帰り道。
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勝は一人で考えていた。
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長州。
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幕府。
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外国。
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全部が動いている。
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そして。
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自分も少しずつ、
その中へ入っていく。
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敵は誰か。
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まだ分からん。
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長州かもしれん。
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外国かもしれん。
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もっと別のものかもしれん。
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だが。
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知りたいとは思う。
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知らんままでは、
決められん。
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夕暮れの江戸を歩きながら、
勝は小さく笑った。
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「また仕事が増えたな」
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愚痴のつもりだった。
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だが。
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その顔は少し楽しそうだった。
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世界は広い。
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そして。
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勝の仕事も、
少しずつ広がり始めていた。




