14K. 国賊らしい
【勝麟太郎視点】
長州の若い連中が、
外国へ逃げたらしい。
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最初に聞いたとき、
勝は意味が分からなかった。
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「逃げた?」
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「そうだ」
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同僚が頷く。
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「密航だそうだ」
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一拍。
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「国賊だな」
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勝は黙った。
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昼休みの役所じゃ。
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茶を飲みながら、
皆好き勝手なことを言っとる。
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「長州だからな」
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「攘夷だ何だと言っといて外国へ行く」
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「笑い話だ」
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笑い声が上がる。
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勝だけ笑わなかった。
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(変だな)
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そう思った。
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攘夷の長州。
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外国嫌いの長州。
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その若者が、
命を懸けて外国へ行く。
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話が合わん。
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何かがおかしい。
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その日の夕方。
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勝は資料を整理していた。
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外国船。
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貿易。
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英国。
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上海。
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最近読むものは、
そんな話ばかりじゃ。
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そのとき。
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ふと思う。
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(なんで行った)
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国賊なら、
わざわざ外国へ行かん。
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逃げるだけなら、
もっと楽な場所がある。
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危険を冒して、
海を渡る必要はない。
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そのとき。
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部屋の隅に積まれた資料が目に入った。
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英国海軍。
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フランス海軍。
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蒸気機関。
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造船所。
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勝は苦笑した。
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(見たいんだろうな)
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自分と同じじゃ。
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たぶん。
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知りたいんじゃ。
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見たいんじゃ。
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だから行った。
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それだけのことじゃ。
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その瞬間。
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妙に親近感が湧いた。
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顔も知らん。
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名前も知らん。
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長州の若者たち。
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だが。
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同じ匂いがする。
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好奇心じゃ。
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知らないものを見たい。
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分からないものを知りたい。
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それは罪なんじゃろうか。
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勝にはそうは思えなかった。
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翌日。
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上役の部屋へ資料を届ける。
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すると。
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部屋の中でも同じ話をしていた。
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「長州の密航者どもか」
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「厳罰にすべきですな」
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「見せしめが必要でしょう」
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勝は黙って聞いていた。
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届け物を置いて帰ろうとする。
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そのとき。
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「勝」
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呼び止められた。
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「はい」
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「お前はどう思う」
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勝は少し考えた。
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そして。
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「もったいないと思います」
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部屋が静かになった。
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全員がこちらを見る。
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(あ)
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言っちゃった。
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勝は少し後悔した。
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だが。
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もう遅い。
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「もったいない?」
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「はい」
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一拍。
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「命を懸けて学びに行く者です」
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「それを潰すのは」
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「もったいない」
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部屋は静まり返る。
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怒られると思った。
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だが。
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誰も怒らなかった。
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ただ。
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妙な顔をしていた。
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理解できない。
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そんな顔じゃ。
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勝は内心で苦笑した。
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(まあそうだろうな)
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長州。
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幕府。
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敵味方。
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みんなそこを見る。
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でも。
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勝には違って見えた。
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そこにいるのは、
ただの若者じゃ。
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命を懸けて、
世界を見ようとしている若者。
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それだけじゃ。
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部屋を出る。
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夕日が差し込んでいた。
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勝は廊下を歩きながら、
小さく呟く。
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「会ってみたいな」
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長州。
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その若者たちに。
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そして。
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その若者たちを送り出した者たちに。
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そんな人間がいる藩なら、
少し面白いかもしれん。
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勝は空を見上げた。
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海の向こうへ向かった若者たち。
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そして。
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その帰りを待つ長州。
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まだ会ったこともないその藩が、
少しだけ気になり始めていた。




