13K. 呼び出し
【勝麟太郎視点】
嫌な予感しかしなかった。
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役所から呼び出し。
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良い話だった試しがない。
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勝は廊下を歩きながら、
小さくため息をついた。
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(何やらかしたかな)
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思い当たることが多すぎる。
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蘭書。
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外国の話。
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海軍の話。
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余計なことばかり言っとる。
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怒られる理由には困らん。
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部屋の前で足を止める。
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襖の向こうには上役がおる。
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「勝、入れ」
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声がした。
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「失礼します」
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頭を下げて入る。
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部屋には三人。
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知らない顔が一人。
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偉そうな顔が二人。
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嫌な組み合わせじゃ。
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「勝麟太郎」
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「はい」
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「お前、英吉利の資料が読めるそうだな」
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勝は少し固まった。
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(誰だそんなこと言ったの)
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心当たりはあった。
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たくさんあった。
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「少しだけです」
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「読めるのか読めないのか」
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「読めます」
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一拍。
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「少しだけ」
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部屋が静かになる。
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上役がため息をついた。
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どうやら、
この答え方は正解ではなかったらしい。
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「ならこれを読め」
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机の上に冊子が置かれる。
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外国船の報告書じゃ。
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勝は手に取る。
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ぱらぱらとめくる。
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英国。
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フランス。
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蒸気船。
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砲門数。
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航路。
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(面白そう)
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思わず顔が緩む。
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しまった。
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上役に見られた。
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「読めるな」
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「読めます」
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「なら説明しろ」
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勝は顔を上げた。
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「今ですか」
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「今じゃ」
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理不尽じゃ。
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だが。
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勝は紙を見る。
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数字。
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船。
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距離。
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港。
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頭の中で繋がる。
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「英国海軍ですね」
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部屋が静かになる。
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「この数字だと」
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「日本近海へ来ているのは一部です」
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一拍。
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「本体はもっと大きい」
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知らない顔の男が眉を動かした。
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「分かるのか」
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「だいたい」
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「だいたい?」
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「全部読めるわけじゃないので」
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正直に答える。
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だが。
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男は笑った。
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「十分だ」
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勝は少し驚いた。
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褒められるとは思わなかった。
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そのとき。
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上役が言う。
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「勝」
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「はい」
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「今後も読め」
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勝は固まる。
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「え?」
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「外国の資料じゃ」
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「海軍関係じゃ」
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一拍。
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「お前に回す」
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部屋が静かになる。
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勝はしばらく意味を考えた。
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回す。
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つまり。
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読む。
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まとめる。
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説明する。
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仕事じゃ。
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(仕事になった)
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勝は少しだけ笑った。
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怒られると思っていた。
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違った。
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使われるらしい。
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そのとき。
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知らない男が立ち上がった。
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「勝」
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「はい」
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「外国を知る者は少ない」
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一拍。
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「だから働け」
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それだけ言って部屋を出て行った。
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勝はぽかんと見送る。
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失礼な人じゃ。
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だが。
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言いたいことは分かった。
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部屋を出る。
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廊下を歩く。
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足取りは軽い。
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仕事は増えた。
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責任も増えた。
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でも。
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面白そうじゃ。
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外国の本を読む。
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海軍を調べる。
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世界を知る。
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そして。
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気づけば。
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勝は幕府の中で、
少しだけ重要な場所へ近づき始めていた。
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本人だけが、
まだ気づいていなかった。




