11. 行く者、残る者
明日の朝の分、間違えて投稿してしまいました。
【山縣視点】
人が決まる。
⸻
金も集まり始める。
⸻
船の話も進んどる。
⸻
気づけば、
密航は夢ではなくなっていた。
⸻
だからこそ。
⸻
少し怖くなった。
⸻
その日の夜。
⸻
山縣は一人で帳面を見ていた。
⸻
名前。
⸻
金額。
⸻
協力者。
⸻
必要な品。
⸻
不足しているもの。
⸻
いつもの仕事じゃ。
⸻
だが。
⸻
今日は手が止まる。
⸻
帳面の端。
⸻
そこに書かれた名前。
⸻
伊藤俊輔。
⸻
井上聞多。
⸻
その文字を見ていると、
妙な気分になる。
⸻
(本当に行くんじゃな)
⸻
今までは話だった。
⸻
計画だった。
⸻
でも。
⸻
もう違う。
⸻
現実じゃ。
⸻
そのとき。
⸻
「難しい顔しとるのう」
⸻
高杉じゃった。
⸻
いつの間にか入ってきている。
⸻
相変わらずじゃ。
⸻
「別に」
⸻
「嘘じゃな」
⸻
即答された。
⸻
山縣は小さくため息をついた。
⸻
「死ぬかもしれません」
⸻
一拍。
⸻
「向こうで」
⸻
「海で」
⸻
「病で」
⸻
高杉は黙って聞いている。
⸻
「帰って来れないかもしれません」
⸻
言葉にすると、
急に重くなった。
⸻
高杉はしばらく何も言わなかった。
⸻
珍しい。
⸻
そして。
⸻
「そうじゃな」
⸻
静かに言った。
⸻
否定しない。
⸻
慰めもしない。
⸻
ただ認めた。
⸻
それが余計に重かった。
⸻
「なら止めますか」
⸻
山縣が聞く。
⸻
高杉は少し笑った。
⸻
「お前は止まるか?」
⸻
山縣は黙る。
⸻
もし自分が選ばれたら。
⸻
どうする。
⸻
危険じゃ。
⸻
怖い。
⸻
帰れないかもしれん。
⸻
でも。
⸻
世界を見られる。
⸻
知らないものを知れる。
⸻
しばらく考える。
⸻
そして。
⸻
「……たぶん」
⸻
一拍。
⸻
「行きます」
⸻
高杉が笑った。
⸻
「じゃろうな」
⸻
そのとき。
⸻
障子が開いた。
⸻
大村じゃ。
⸻
最近この部屋、
出入りが自由すぎる。
⸻
「ちょうど良かった」
⸻
大村が言う。
⸻
「何がです?」
⸻
「その話じゃ」
⸻
一拍。
⸻
「行く者と残る者の話じゃ」
⸻
山縣は顔を上げた。
⸻
大村は静かに続ける。
⸻
「皆が行けるわけではない」
⸻
「はい」
⸻
「皆が行く必要もない」
⸻
部屋が静かになる。
⸻
「行く者がおる」
⸻
「残る者がおる」
⸻
「どちらも必要じゃ」
⸻
山縣は黙る。
⸻
大村の言葉は、
いつも静かじゃ。
⸻
でも。
⸻
妙に残る。
⸻
「向こうで学ぶ者」
⸻
一拍。
⸻
「帰る場所を守る者」
⸻
山縣は帳面を見る。
⸻
名前。
⸻
数字。
⸻
計画。
⸻
地味じゃ。
⸻
派手さもない。
⸻
歴史にも残らんかもしれん。
⸻
でも。
⸻
誰かがやらねばならん。
⸻
そのとき。
⸻
「山縣」
⸻
高杉が言った。
⸻
「なんです」
⸻
「お前は残る側じゃな」
⸻
少しだけ笑っている。
⸻
からかっているのかと思った。
⸻
だが。
⸻
違った。
⸻
「お前がおらんと」
⸻
一拍。
⸻
「帰って来る場所がなくなる」
⸻
山縣は何も言えなかった。
⸻
褒められたのか。
⸻
仕事を押し付けられたのか。
⸻
よく分からん。
⸻
ただ。
⸻
少しだけ胸が軽くなった。
⸻
窓の外では、
春の風が吹いていた。
⸻
海へ向かう者がおる。
⸻
長州に残る者がおる。
⸻
どちらが大事でもない。
⸻
どちらも必要なんじゃ。
⸻
山縣は帳面を閉じた。
⸻
出航の日は近い。
⸻
そして。
⸻
別れの日も近かった。




