7. 密航じゃ
【山縣視点】
最初は冗談だと思った。
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高杉じゃし。
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いつものように、
無茶を言い出しただけじゃと。
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「密航じゃ」
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だから。
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山縣は笑った。
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「ははは」
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一拍。
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「そうですよね」
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誰も笑わなかった。
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(あれ?)
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部屋が静かじゃ。
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高杉は真顔。
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大村も真顔。
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伊藤も真顔。
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井上も真顔。
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(……え?)
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「本気ですか」
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「本気じゃ」
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高杉が即答した。
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嫌な予感しかしない。
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山縣は頭を抱えた。
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「海外渡航は禁止ですよね」
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「そうじゃ」
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「捕まりますよね」
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「そうじゃ」
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「下手したら死罪ですよね」
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「そうじゃな」
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全部肯定された。
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(なんでそんな平然としてるんだ)
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本当に意味が分からん。
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そのとき。
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伊藤が口を開いた。
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「でも」
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一拍。
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「見てみたいんですよね」
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山縣は振り向く。
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伊藤は笑っていない。
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本気じゃ。
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「上海の話を聞いたら」
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「余計に」
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静かな声だった。
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だが。
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目は燃えとる。
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井上も頷く。
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「見なきゃ分からん」
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「分からんまま国を変えるのは嫌です」
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即答じゃった。
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迷いがない。
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山縣は少しだけ驚いた。
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昨日会ったばかりの男たちじゃ。
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生意気で。
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騒がしくて。
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若い。
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でも。
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覚悟だけは本物らしい。
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そのとき。
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「山縣」
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高杉が呼ぶ。
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「なんです」
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「お前はどう思う」
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難しい質問じゃった。
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正直に言えば。
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危ない。
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無茶じゃ。
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やめた方がいい。
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そう思う。
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だが。
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それだけでもない。
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高杉の上海。
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勝の蘭書。
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大村の言葉。
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全部思い出す。
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知らん。
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日本は知らん。
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長州も知らん。
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世界を。
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知らん。
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その事実もまた本当じゃ。
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「行く価値はあります」
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気づけばそう言っていた。
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部屋が静かになる。
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「ただ」
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一拍。
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「帰って来ないと意味がないです」
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高杉が笑った。
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伊藤も笑う。
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井上も笑う。
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大村だけが頷いた。
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「その通りじゃ」
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静かな声。
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「死んでは意味がない」
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山縣は少し安心した。
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少なくとも。
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大村はまともじゃった。
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そのとき。
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「じゃから」
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大村が続ける。
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「生きて帰る方法も考える」
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高杉が腕を組む。
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伊藤が身を乗り出す。
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井上が頷く。
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そして。
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山縣だけが思った。
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(始まったな)
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奇兵隊を作るときもそうじゃった。
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功山寺へ向かうときもそうじゃった。
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無茶な話は、
いつもこんな風に始まる。
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最初は誰も信じない。
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次に笑う。
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そして。
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気づけば動き出している。
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窓の外では、
春の風が吹いていた。
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海はまだ見えない。
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だが。
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その向こうへ行こうとする若者たちは、
もう止まらなかった。
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そして山縣は、
一人だけ別のことを考えていた。
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(誰を行かせるかじゃない)
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(どうやって帰らせるかじゃ)
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たぶん。
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それが自分の役目なのだろう。




