4. 外国を知っとる者、おるん?
【山縣視点】
高杉の上海話は、
思った以上に頭に残った。
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鬼じゃない。
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でも怖い。
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強い。
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そして。
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知らん。
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結局そこじゃった。
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知らん。
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だから知りたい。
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その気持ちだけは、
はっきりしとった。
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翌日。
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山縣は大村の部屋に呼ばれた。
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いや。
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正確には、
勝手に行った。
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最近、
疑問ができるとここへ来る。
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良くない癖かもしれん。
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だが便利じゃ。
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大抵答えが返ってくる。
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「長州で外国を知っとる者って」
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一拍。
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「どれくらいおるんです?」
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大村は筆を止めた。
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そして。
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少し考える。
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「少ない」
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終わりじゃった。
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(少ないんだろうなとは思ったけど)
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(もう少し何か)
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山縣が顔をしかめる。
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すると。
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「数えるほどじゃ」
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大村が続けた。
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「蘭学者」
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「医者」
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「長崎へ行った者」
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「通詞」
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一つずつ指を折る。
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「終わりじゃ」
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山縣は固まった。
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「終わり?」
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「終わりじゃ」
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部屋が静かになる。
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(いやいやいや)
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長州藩じゃ。
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何十万石じゃ。
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人なんて山ほどおる。
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なのに。
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外国を知る者は、
数えるほど。
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(足りなくない?)
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そのとき。
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「足りん」
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大村が即答した。
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顔に出ていたらしい。
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「圧倒的に足りん」
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山縣は頭を抱えた。
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高杉が見た上海。
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あの世界。
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それを知る者が、
長州にほとんどおらん。
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その事実が、
妙に重かった。
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そのとき。
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障子が開く。
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「おー」
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高杉じゃ。
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相変わらずじゃ。
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「何の話じゃ」
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「外国です」
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「ほう」
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高杉は笑った。
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「おらんじゃろ」
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あっさり言う。
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「そんなもんですか」
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「そんなもんじゃ」
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一拍。
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「じゃが」
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高杉の顔が少し変わる。
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「おらんなら作ればええ」
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山縣は顔を上げた。
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「作る?」
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「そうじゃ」
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高杉は当然のように言う。
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「知っとる者がおらんなら」
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「知る者を増やせばええ」
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大村も頷く。
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「育てる」
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静かな声。
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「それが一番早い」
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山縣は少し黙った。
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育てる。
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簡単に言う。
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だが。
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人は米みたいには育たん。
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時間がかかる。
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金もかかる。
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それでも。
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必要なんじゃろう。
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そのとき。
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「山縣」
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高杉が呼ぶ。
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「なんです」
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「お前なら誰を選ぶ」
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突然じゃった。
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「え?」
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「外国を見せるならじゃ」
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一拍。
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「誰を行かせる」
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山縣は固まる。
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考えたこともなかった。
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賢い者か。
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若い者か。
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武士か。
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町人か。
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しばらく考える。
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そして。
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「戻ってくる人」
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気づけばそう答えていた。
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高杉と大村が、
少しだけ目を見開いた。
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「ほう」
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高杉が笑う。
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「なんでじゃ」
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「見て終わりじゃ意味がないからです」
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一拍。
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「長州へ持って帰る人じゃないと」
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部屋が静かになる。
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山縣は少し不安になった。
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(変なこと言ったか?)
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だが。
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大村が小さく頷いた。
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「その通りじゃ」
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高杉も笑う。
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「やっぱりお前は」
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一拍。
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「人を見るのう」
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山縣は少し照れた。
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人を見る。
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そんなつもりはなかった。
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でも。
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長州が変わったのも、
結局は人じゃった。
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その日の帰り道。
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山縣は空を見上げた。
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外国を知る者。
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これから育つ者。
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そして。
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海の向こうへ行く者。
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(誰になるんかね)
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まだ名前も知らない誰かが、
長州の未来を変えるのかもしれなかった。




