1.海の向こうは何しとるん?
35. 海の向こうは何しとるん?
【山縣視点】
外国の話になると、
急に分からん。
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長州の話なら分かる。
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城下。
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奇兵隊。
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兵糧。
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報せ。
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全部見える。
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でも。
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外国と言われると、
急に霧がかかる。
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(いや)
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(知っとるよ?)
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知っとる。
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たぶん。
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黒船。
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ペリー。
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アメリカ。
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そのくらいは。
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でも。
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(その先がない)
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どんな国なのか。
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何を考えとるのか。
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何が強いのか。
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全然分からん。
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その日の夕刻。
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山縣は、
高杉と大村のいる部屋へ呼ばれた。
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嫌な予感しかしない。
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(絶対ろくでもない)
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経験上。
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この二人が真面目な顔しとるときは、
大体ろくでもない。
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襖を開ける。
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案の定じゃった。
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地図が広がっとる。
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しかも。
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長州じゃない。
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(……でか)
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日本全体。
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いや。
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もっと外まで描いてある。
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海。
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島。
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見たこともない地名。
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山縣は、
思わず地図を覗き込んだ。
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「なんですこれ」
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「世界じゃ」
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高杉が即答する。
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(雑)
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いつも雑じゃ。
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「世界って」
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「世界じゃ」
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(説明する気ないな)
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そのとき。
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「こちらが清」
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大村が指を置く。
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「こちらがロシア」
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さらに動く。
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「こちらが英国」
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山縣は、
地図を見ながら固まった。
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(……遠)
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遠い。
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めちゃくちゃ遠い。
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なのに。
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「全部、長州に来る」
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大村がさらっと言う。
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(……は?)
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思わず顔を上げる。
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「来る?」
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「来る」
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大村は真顔じゃ。
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「船で来る」
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一拍。
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「商人も来る」
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「兵も来る」
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「学問も来る」
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静かな声。
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でも。
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妙に重い。
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山縣は、
もう一度地図を見る。
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海の向こう。
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知らない国。
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知らない人。
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知らない言葉。
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(……そんなの)
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(分かるわけなくない?)
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そのとき。
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高杉が笑った。
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「じゃろうな」
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完全に見抜かれとる。
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「わしも分からん」
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(え)
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山縣は目を丸くする。
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「分からんのに偉そうに言ってたんですか」
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「言っておらん」
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一拍。
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「じゃから知りたいんじゃ」
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部屋が静かになる。
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高杉は、
珍しく真面目な顔をしとった。
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「知らん相手と戦うんは」
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一拍。
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「馬鹿のやることじゃ」
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山縣は、
思わず黙った。
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その言葉は、
妙に納得できた。
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修学旅行のときもそうじゃった。
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外国人に道を聞かれた。
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でも。
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言葉が分からん。
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相手も分からん。
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だから。
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何もできんかった。
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(同じか)
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知らんというだけで、
立ち止まる。
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そのとき。
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大村が地図を指した。
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「まずは知る」
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一拍。
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「話はそれからじゃ」
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山縣は、
ゆっくり頷いた。
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長州は見えるようになった。
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なら。
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次は、
その外じゃ。
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海の向こう。
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まだ見えない世界。
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山縣は、
地図の上に指を置いた。
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(さて)
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(何から知ればいいんかね)




