34.A 回り始めた長州 ―山縣―
【山縣視点】
久しぶりに、
一人じゃった。
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机の上には、
紙が積まれとる。
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西門。
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異常なし。
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城下。
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米価安定。
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下関。
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外国船目撃。
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兵糧。
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不足なし。
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山縣は、
一枚ずつ目を通していく。
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気づけば、
これが日課になっとった。
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(……変な感じじゃ)
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少し前まで。
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自分は百姓じゃった。
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いや。
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今も百姓じゃ。
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たぶん。
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でも。
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今は長州全体の話を見とる。
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(人生って分からん)
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思わず苦笑する。
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功山寺へ向かった夜。
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三十七人。
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雨。
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暗闇。
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あのときは、
長州のことなんか考えとらんかった。
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ただ。
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目の前のことだけじゃ。
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でも今は違う。
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紙を一枚めくる。
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長州地図。
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西。
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東。
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北。
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南。
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ようやく、
全部が繋がって見える。
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(見えるようになった)
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本当に。
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人。
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物。
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報せ。
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流れ。
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全部。
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少しずつ。
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少しずつじゃけど。
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見えるようになった。
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そのとき。
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机の端に置かれた別の地図へ、
目が止まった。
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長州の外。
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九州。
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大坂。
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江戸。
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そして。
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海。
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(……海か)
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高杉の顔が浮かぶ。
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海じゃ。
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外国じゃ。
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大村の顔も浮かぶ。
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外国を知る者が足りん。
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山縣は、
しばらくその地図を見つめた。
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長州は見える。
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ようやく。
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やっと。
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見えるようになった。
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でも。
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その外は、
まだ見えん。
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外国がどんな国か。
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何を考えとるか。
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どれほど強いのか。
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何一つ知らん。
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(……知らんなあ)
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思わず、
そんな言葉が漏れる。
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その瞬間。
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修学旅行の記憶が浮かんだ。
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京都駅。
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外国人観光客。
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英語。
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中国語。
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誰も答えられんかった。
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知らんかった。
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ただ、それだけじゃった。
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(同じか)
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知らんままじゃ、
話にも入れん。
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勝負にもならん。
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山縣は、
ゆっくり地図を畳んだ。
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長州は、
立ち上がった。
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でも。
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歩き始めただけじゃ。
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その先には、
もっと広い世界がある。
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そして。
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その世界は、
たぶん待ってはくれん。
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障子の外から、
春の風が吹き込む。
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紙が一枚、
ぱらりと揺れた。
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山縣は、
そっとそれを押さえる。
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そして、
もう一度だけ、
海の向こうを思った。
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(さて)
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一拍。
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(海の向こうは、何しとるんかね)
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その呟きは、
誰にも聞かれなかった。




