34.S 回り始めた長州 ―商人―
【商人視点】
最初は、
気のせいかと思った。
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荷が届いた。
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ただ、
それだけじゃ。
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別に珍しくもない。
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だが。
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「もう着いたんか?」
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思わず声が出た。
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先日出した書状の返事じゃ。
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本来なら、
まだ来ん頃合い。
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早くても数日。
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遅ければ十日。
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そんなもんじゃった。
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それが。
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三日。
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しかも。
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返事だけではない。
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求めた内容まで整理されとる。
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(……なんじゃこれ)
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商人は、
何度も書状を見返した。
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長州藩。
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つい最近まで、
一番商売しにくい相手じゃった。
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担当が分からん。
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聞く相手が違う。
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返事が来ん。
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話が変わる。
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金はある。
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人もおる。
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でも。
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決まらん。
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そんな相手じゃった。
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(それが)
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最近、
妙に話が早い。
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しかも。
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誰に聞いても、
だいたい同じ答えが返る。
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これが一番おかしい。
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役所なんぞ、
人によって話が変わるもんじゃ。
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それが普通じゃ。
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その日の機嫌。
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担当。
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立場。
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全部違う。
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だが。
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今の長州は違う。
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「確認済みです」
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最近、
一番よく聞く言葉じゃった。
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確認済み。
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なんとも商人好みの言葉じゃ。
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話が変わらん。
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約束が残る。
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責任が分かる。
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(助かる)
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本当に。
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助かる。
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そのとき。
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「旦那」
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番頭が声をかける。
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「長州向けの荷です」
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「どれじゃ」
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「紙と筆です」
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商人は思わず笑った。
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「またか」
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最近増えとる。
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紙。
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筆。
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帳面。
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記録に使うものばかり。
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(戦する藩の注文じゃないな)
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普通なら。
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槍。
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火薬。
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鉄。
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そういうもんが増える。
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だが。
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今の長州は、
紙を買う。
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筆を買う。
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帳面を買う。
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妙な藩じゃ。
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そのとき。
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ふと、
旅の商人から聞いた話を思い出す。
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「長州には変な若いのがおるらしい」
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誰じゃったか。
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名前は忘れた。
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武士だったか。
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百姓だったか。
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そんなことも知らん。
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だが。
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何かをまとめとるらしい。
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人を。
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報せを。
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流れを。
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(なるほどな)
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商人は小さく頷いた。
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商売も同じじゃ。
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金より先に、
流れがいる。
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流れができると、
人が動く。
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荷が動く。
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金が動く。
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そして。
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町が動く。
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国も、
たぶん同じなんじゃろう。
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商人は帳面を閉じた。
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窓の外。
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春の光が差し込んどる。
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長州は、
まだ豊かではない。
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まだ強くもない。
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だが。
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久しぶりに、
商売したくなる国になっとった。




