31.誰が偉いんか分からんのに、なんで回っとるんです?
使者は、
思ったより若かった。
二十代後半くらい。
細い目。
整った身なり。
でも。
(……めちゃくちゃ見てる)
山縣は、
入ってきた瞬間にそう思った。
机。
紙。
走る人。
報せ。
武士。
百姓。
全部。
目が止まっとらん。
⸻
「失礼」
使者が、小さく頭を下げる。
「幕府側より参りました」
周囲の空気が、
少しだけ固くなる。
でも。
前みたいな張り方じゃない。
(……慣れてきた)
山縣は、
少しだけそんなことを思う。
⸻
「確認したい」
使者が、静かに言う。
「今の長州を」
一拍。
「誰が動かしているのか」
場が、
一瞬だけ静かになる。
⸻
(……来た)
山縣は、
思わず周囲を見る。
高杉。
大村。
武士。
百姓。
でも。
(……誰だ?)
昨日なら、
高杉って答えたかもしれん。
でも今は、
少し違う。
⸻
「わしじゃ」
横から声。
――高杉晋作。
(いや言うんだ)
周囲が、
一瞬だけ固まる。
でも。
高杉は、にやにや笑っとる。
「……と、言いたいところじゃが」
一拍。
「違うのう」
使者の眉が、
ほんの少し動く。
⸻
「では、どなたが」
高杉は、
そこで周囲を見た。
伊助。
報せを運ぶ足軽。
紙を書く町人。
指示を飛ばす武士。
そして。
山縣の机。
⸻
「勝手に回り始めた」
さらっと言う。
(……いや)
(説明になってない)
山縣は、
思わず頭抱えそうになる。
⸻
でも。
使者は、笑わんかった。
むしろ。
少しだけ真顔になる。
「……それが」
一拍。
「一番、気味が悪い」
静かに言う。
場が、
少し静まる。
⸻
「普通は」
使者が続ける。
「上が命じ」
「下が従う」
「だから、止める場所も分かる」
一拍。
「ですが、今の長州は」
周囲を見る。
「誰を止めれば止まるのか」
「分からない」
山縣の背中に、
何かが走る。
(……あ)
それだ。
⸻
江戸の組織は、
“上”を押さえれば止まる。
でも。
今の長州は違う。
百姓も動く。
町人も動く。
情報も流れる。
だから。
(止まらない)
⸻
「怖いですか」
気づけば、
山縣は聞いとった。
使者は、
少しだけ山縣を見る。
「怖い」
即答。
「ですが」
一拍。
「少し、羨ましい」
(……え)
山縣は、
少しだけ目を見開く。
⸻
「江戸では」
使者が、小さく笑う。
「誰も、勝手に動かない」
「動けない」
一拍。
「だから、止まる」
静かな声。
でも。
妙に本音っぽい。
⸻
そのとき。
「おーい!」
また、でかい声。
――高杉じゃ。
「飯、まだかー!」
(……この人)
使者が、
思わずそっちを見る。
すると。
「今向かってます!」
「確認済みです!」
「台所通ってます!」
周囲が、
勝手に返し始める。
⸻
使者が、
そこで完全に止まった。
「……今の」
一拍。
「命令では、ないですよね」
「ないですね」
山縣が答える。
「でも、動くんです」
使者は、
しばらく黙っとった。
⸻
そのとき。
後ろから声。
大村益次郎。
「組織とは」
一拍。
「命令で動くものではない」
静かに続ける。
「流れで動くものじゃ」
使者が、
ゆっくりその言葉を見つめる。
⸻
山縣は、
その横顔を見ながら思った。
(……外から見ると)
(やっぱ変なんだな、今の長州)
でも。
その“変”が、
もう戻らんところまで来とる気がした。




