29.変なやり方だったはずなんに、いつの間にか普通になっとった
気づけば、
誰かが勝手に紙を置いていくようになっとった。
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西門、異常なし。
火薬、残り三樽。
見張り交代済み。
台所、人手不足。
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しかも。
(……前より読みやすい)
字まで、ちょっと整っとる。
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「山縣さん」
今度は、武士。
「東の見張り、交代しました」
「ありがとうございま――」
言いかけて、
山縣は少し止まる。
(……あれ)
普通だ。
昨日まで、
百姓に従うかで揉めとったのに。
今、
武士が自然に報せを持ってきとる。
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そのあと。
「伊助!」
武士が、廊下の向こうへ声を飛ばす。
「西門、あと二人回せるか!」
「いけます!」
百姓の声が返る。
しかも。
誰も止まらん。
(……っ)
山縣は、
そこで小さく息を飲む。
(普通に喋ってる)
身分とか、
上下とか、
昨日まであんなに重かったのに。
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(……変わるんだ)
人って。
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そのとき。
「山縣さん!」
若い足軽が走ってくる。
「これ、確認済みです!」
紙を置く。
しかも。
端に、小さく書いてある。
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確認:西門担当
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(……っ)
山縣は、
少しだけ目を見開いた。
(書いてる)
言ってないのに。
(勝手に増えた)
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その瞬間。
ふっと、
文化祭の記憶が浮かぶ。
(……あ)
最初は、
誰も片付けの場所を守らんかった。
でも。
何人かが続けると、
いつの間にか、
みんなそこへ戻すようになった。
(……同じか)
“ルール”じゃない。
いや。
(いや、ルールって言葉やめたんだった)
山縣は、
小さく頭の中でツッコむ。
(……流れ)
流れができると、
人は自然に合わせ始める。
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「何、笑っとる」
後ろから声。
振り向く。
大村益次郎。
「……いや」
一拍。
「回り始めたなって」
大村が、
周囲を静かに見る。
走る人。
紙。
報せ。
声。
でも。
昨日みたいな怒鳴り合いは、減っとる。
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「文化になる」
大村が、ぽつりと言う。
「……え?」
「最初は、変なことでも」
一拍。
「続けば、人はそれを普通にする」
静かに続ける。
「それが、国じゃ」
(……国)
山縣は、
その言葉を少し見つめる。
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そのとき。
「おーい!」
また、でかい声。
――高杉晋作。
「飯、確認済みかー!」
(……また来た)
周囲が、
一瞬だけ笑う。
「確認済みです!」
「今向かってます!」
「遅延なし!」
誰かが返す。
どっと笑いが広がる。
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(……あ)
山縣は、
そこで気づく。
(空気が、軽い)
昨日まで、
刀抜きそうだった場所なのに。
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そのとき。
伊助が、小さく言った。
「山縣さん」
「なんじゃ」
「前より、怖くないです」
山縣は、
少しだけ周囲を見る。
武士。
百姓。
町人。
足軽。
まだ、完全じゃない。
でも。
(昨日より、同じ方向向いてる)
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「……うん」
山縣は、
小さく頷いた。
「たぶん」
一拍。
「長州、回り始めた」
その瞬間。
廊下を抜ける風が、
少しだけ、
前より軽く感じた。




