28.ほんとかどうか分からん話が、一番人を止めるんよ
最初に変だと思ったんは、
同じ話が、
違う形で三回来たことじゃった。
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「俗論派が逃げた!」
って報せ。
でも。
「西へ逃げた」
と、
「いや東じゃ」
と、
「もう城下にはおらん」
全部違う。
(……どれ)
山縣は、
紙を見ながら眉を寄せる。
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「山縣さん!」
また声。
「幕府側がもう来るって!」
(……は?)
「誰が言った!?」
「えっと……聞いたらしいです!」
(“らしい”禁止!!)
思わず、
頭抱えそうになる。
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しかも。
周囲の空気が、
少しずつ悪くなっとる。
「もう駄目じゃないか」
「逃げる準備しろ」
「いや、まだだ」
「どっちなんじゃ!」
声が荒くなる。
人が止まり始める。
(……来た)
山縣の背中に、
嫌な感覚が走る。
(情報じゃなくて)
(空気で動き始めてる)
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その瞬間。
ふっと、
昔の記憶が浮かぶ。
(……あ)
修学旅行。
「明日、台風で帰れないらしい」
って噂。
最初は一人。
でも。
“先生が言ったらしい”
が増えて、
最後には、
みんな半分信じ始めた。
実際は、
全然違ったのに。
(……同じだ)
人って、
不安なときほど、
“聞きたい話”を信じる。
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「止めます」
気づけば、
山縣は言っとった。
周囲が、一瞬静かになる。
「今から」
一拍。
「誰が確認したか分からない話は、止めます」
「え?」
「でも!」
「聞いたんです!」
ざわつく。
でも。
山縣は、止まらん。
「聞いた、じゃ動きません」
一拍。
「確認できた話だけで動きます」
沈黙。
空気が、少し張る。
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「でも、本当だったら!」
若い足軽が、思わず声を上げる。
顔が強張っとる。
怖いんじゃろう。
山縣は、
少しだけ黙った。
(……分かる)
本当に。
分かる。
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「間違った情報で動く方が」
一拍。
「もっと危ない」
静かに言う。
「人が止まります」
「疑い始めます」
「勝手に動きます」
一つずつ。
「だから」
山縣は、紙を持ち上げた。
「分からん話は、“分からん”って書きます」
場が、
少しだけ静かになる。
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(……あ)
山縣は、
そこで気づく。
(これ)
(“知らない”を認める話なんだ)
今までは、
全部答えようとしてた。
でも。
(分からんもんは、分からん)
その方が、
止まらない。
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そのとき。
「ほう」
後ろから声。
大村益次郎。
「嘘を消すのではなく」
一拍。
「不確かなものを、不確かと言うか」
山縣は、
少しだけ息を飲む。
(……また整理された)
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「人はのう」
大村が、静かに続ける。
「分からぬことより」
一拍。
「分からぬまま、断言される方を恐れる」
短い。
でも。
妙に刺さる。
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そのとき。
「おーい!」
また、でかい声。
――高杉晋作。
「わしの飯、“まだ来るらしい”んじゃがー!」
(……この人)
一瞬、
場が止まる。
でも。
次の瞬間。
誰かが吹き出した。
「確認取れてません!」
「不確定情報です!」
「台所担当、確認中!」
どっと笑いが広がる。
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(……あ)
山縣は、
そこで少し驚く。
(空気、戻った)
さっきまで、
あんなに張ってたのに。
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そのとき。
伊助が、小さく言う。
「山縣さん」
「なんじゃ」
「“分からん”って言っていいんですね」
山縣は、
少しだけ黙る。
そして。
小さく頷いた。
「分からんもんを」
一拍。
「分かった顔する方が、危ない」
伊助が、
ふっと笑う。
「……それ、なんか安心します」
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山縣は、
机の上の紙を見下ろした。
嘘。
噂。
不安。
でも。
(昨日より、崩れてない)
長州は、
まだ揺れとる。
でも。
ちゃんと、
前を向き始めとった。




