3.回っとるようで、回っとらんのじゃ
昼過ぎ。
最初は、うまくいっとるように見えとった。
声が飛び、
人が動き、
指示が通る。
(……回っとる)
(いや、回ってる“っぽい”だけか)
山縣は、そう判断しかけた。
そのときじゃった。
「おい! 弾はどこじゃ!」
怒鳴り声が上がる。
戦う側の一人が、苛立っとる。
「さっき持ってくる言うたろうが!」
別の場所から、返事が飛ぶ。
「もう運んどる! そっち行っとるはずじゃ!」
(はず、ってなに)
(それ一番ダメなやつ)
山縣の眉が、わずかに動く。
その間にも、声が重なる。
「誰が持っとるんじゃ!」
「知らん!」
「聞いとらんぞ!」
ざわ、と空気が乱れる。
さっきまでの“流れ”が、急に濁る。
(……無理でしょ、これ)
一瞬、そう思ってから、山縣は小さく息を吐いた。
(いや、“無理”じゃない)
(無理にしとるだけじゃ)
頭の中で、言い直す。
でも感覚は消えん。
このざわつき。
誰も責任を取らん空気。
なんとなくで回そうとする感じ。
(こういうの、一番ダメなやつじゃん)
ふと、記憶がよぎる。
文化祭の準備。
誰が何やるか決まってなくて、
結局ぐちゃぐちゃになったやつ。
(あれと同じじゃ)
規模は違う。
でも、中身は同じ。
(だから崩れる)
「落ち着け!」
誰かが声を張る。
でも、止まらん。
別の場所でも、似たような混乱が起きとる。
「そっち行け言われたじゃろ!」
「誰が言うたんじゃ!」
「知らん!」
(……最悪じゃな)
山縣は、小さく息を吐いた。
(“回っとるようで、回っとらん”)
形だけ作っても、これじゃ意味がない。
そのとき。
「ははっ!」
場違いな笑い声。
――高杉晋作じゃ。
「ええのう、ええのう!」
楽しそうに、混乱を見とる。
(なんで楽しそうなん)
(火事見てテンション上がるタイプ?)
「ほら、もっと動け!」
火に油じゃ。
混乱が、さらに広がる。
(いや、広げんでいいって)
山縣は、一歩踏み出した。
「止まれ」
低く、言う。
最初は届かん。
「止まれ!」
少し強く。
何人かが、はっとして動きを止める。
「いま動くな」
視線を一気に集める。
「誰が、どこに、何を指示したか」
「全部、出せ」
空気が、ぴたりと止まる。
(よし)
山縣は、そのまま続ける。
「弾を運んだ者、前へ」
一人、二人、手が上がる。
「誰に渡した」
「……誰にも、渡してません」
(やっぱり)
運んだ。
でも、渡してない。
(途中で止まっとる)
「どこに置いた」
「……あそこに」
指差す先。
誰も見とらん場所じゃ。
(共有されとらん)
(そりゃ誰も知らんわ)
単純な話じゃ。
「そこから動かすな」
短く言う。
「次からは、渡す相手を決める」
「誰に渡したか、必ず言え」
周りが、静かに頷く。
「受けた側も、受けたと言え」
「それがなければ、動くな」
少しずつ、空気が整っていく。
さっきまでのざらつきが、引いていく。
(……これじゃ)
山縣は、確信する。
(“流れ”だけじゃ、回らん)
(繋ぎが要る)
そのとき。
「ええのう!」
また、あの声じゃ。
高杉が、満足そうに笑っとる。
「今の、ええ!」
ぐっと親指を立てる。
「そういうのをな!」
声を張る。
「ちゃんと決めていくんじゃ!」
(……いや)
(それ最初から言ってくれん?)
だが、高杉は止まらん。
「これからはな!」
「ちゃんと“流れ”を作る!」
また、自分の言葉みたいに言う。
(まあ、ええけど)
もう慣れてきた。
山縣は、小さく息を吐く。
混乱は、収まりつつある。
さっきより、確かに動きやすくなっとる。
そのとき、ふと自分の手が目に入った。
土で汚れた指先。
(……こんな手、してたっけ)
一瞬だけ、違和感がよぎる。
すぐに消える。
でも、完全には消えん。
(……まあ、今はいいか)
視線を、全体に戻す。
(でも)
(まだ足りん)
役割はできた。
流れも作り始めた。
だが、それでも足りん。
(“誰が決めるか”が、まだ曖昧じゃ)
そこが抜けとる限り――
(また崩れる)
山縣は、静かに目を細めた。
(次は、そこか)




