11.武士じゃなくてもええんか――それ、言うんわしなん?
翌朝。
集まった人数は、思ったより多かった。
武士。
足軽。
町人。
百姓。
いつもより、空気が固い。
(……そりゃそうか)
山縣は、小さく息を吐いた。
今日は、選ぶ日じゃ。
誰に“例外”を任せるか。
誰に、“判断”を渡すか。
(……言うん、わしか)
今さらながら、少し胃が重い。
そのとき。
「どうした」
横から声。
――高杉晋作。
いつもの距離。
(だから近いって)
「いや」
一拍。
「胃が痛いです」
正直に言う。
高杉が、ふっと笑う。
「ええのう」
(何が)
「生きとる感じがする」
(意味わからん)
でも。
少しだけ、肩の力が抜けた。
⸻
「始めます」
山縣は、一歩前に出た。
視線が、一気に集まる。
(……来た)
思った以上に、重い。
(これ)
(文化祭の実行委員より、ずっと重い)
当たり前じゃ。
(こっちは死ぬ)
小さく息を吸う。
「これから」
一拍。
「前に出る判断を、任せる者を決めます」
ざわ、と空気が揺れる。
でも、続ける。
「身分では決めません」
場が、ぴたりと止まる。
(……来た)
次の瞬間。
「待て!」
予想通りの声。
武士。
年は四十ほど。
前にも、藩の命かと食い下がった男じゃ。
「何を言う」
一歩、前に出る。
「戦場の判断を」
一拍。
「百姓に任せるつもりか」
空気が、ぴりつく。
(……来るよね)
山縣は、少しだけ息を吐いた。
でも。
(ここ、逃げたら終わる)
「はい」
短く答える。
ざわ、と空気が揺れる。
「見えている者に、任せます」
一拍。
「身分ではなく」
「見えているかどうかで決めます」
沈黙。
重い。
その武士が、睨む。
「武士を差し置いてか」
(……そこだよね)
山縣は、少しだけ考える。
(否定すると、崩れる)
(でも、譲ったら終わる)
一瞬。
昔の記憶が、ふと浮かぶ。
(……あ)
(これ、文化祭だ)
三年の先輩が、前に立っとった。
でも。
材料も、時間も、誰が何をしとるかも、
全部見とったんは、
毎日最後まで残っとった二年の先輩じゃった。
肩書きと、
実際に回しとる人は、
同じじゃない。
(……あのときと、同じか)
その記憶が、背中を押した。
山縣は、顔を上げる。
「武士だから、任せる」
一拍。
「それで、勝てますか」
場が、止まる。
完全に。
「……」
誰も、すぐに答えられん。
「逆に」
静かに続ける。
「百姓だから、任せられない」
一拍。
「その根拠は、ありますか」
重い沈黙。
(……言った)
胃が、きゅっとなる。
でも。
(もう、戻れん)
そのとき。
「おもろいのう」
横から声。
――高杉じゃ。
「わしは、ええと思うぞ」
にやり、と笑う。
「勝てる方がええ」
軽い。
でも。
その一言で、空気が少し変わる。
(……ずるいなあ)
全部、持っていく。
そのとき。
「正しい」
後ろから声。
大村益次郎。
「兵は、身分で動くものではない」
一拍。
「役割で動くものじゃ」
短い。
でも、崩れない。
(……強い)
その一言で。
武士の男が、少しだけ黙った。
完全じゃない。
でも。
(止まってない)
山縣は、ゆっくり息を吐いた。
「では」
一拍。
「最初の一人を決めます」
視線を、群れの中に向ける。
百姓。
若い。
でも。
昨日、一番冷静じゃった男。
(……お前だ)
山縣は、静かに名を呼んだ。
その瞬間。
空気が、また動き始めた。




