10.誰でも任せりゃええ、いうもんでもないんじゃが
翌朝。
空気は、少しだけ変わっとった。
昨日のことが、残っとる。
誰も、口には出さん。
でも。
若い武士が倒れた場所だけ、
なんとなく、皆が避けとる。
(……そりゃそうか)
山縣は、小さく息を吐いた。
あの武士は、死なんかった。
肩を抜かれただけじゃったらしい。
運が良かった。
(……ほんとに)
あと少し、ずれておったら。
そう思うと、まだ胃が重い。
そのとき。
「お前」
声がした。
振り向く。
昨日、飛び出した若い武士じゃ。
腕を吊っとる。
「……すみませんでした」
頭を下げる。
山縣は、少しだけ黙った。
「なんで、出た」
短く聞く。
若い武士は、少し迷ってから言う。
「……隊長が」
一拍。
「やっとったんで」
(……やっぱりか)
山縣は、小さく息を吐いた。
(まあ、そうなるよね)
「勝てると思ったか」
「……はい」
真っすぐな目。
嘘じゃない。
(悪くない)
でも。
(それじゃダメ)
山縣は、少しだけ考える。
(怒る?)
(違うな)
(それじゃ、また隠す)
そのとき。
(……あ)
ふと、昔の記憶が浮かぶ。
(これ)
(バイトで見たやつだ)
仕事できる先輩の真似して、
新人が勝手に判断して、
現場ぐちゃぐちゃになるやつ。
(……あったなあ)
ちょっとだけ、苦笑いしそうになる。
(でも)
(同じだ)
山縣は、顔を上げた。
「お前」
一拍。
「止まるとこ、見えとったか」
若い武士が、黙る。
「横は」
「……見てませんでした」
「戻る場所は」
「……」
答えられん。
(だよね)
山縣は、静かに頷いた。
「真似は、悪くない」
一拍。
「でも」
視線を合わせる。
「見えてないもんを、真似したら死ぬ」
若い武士の喉が、小さく動く。
「……はい」
短い返事。
そこで。
「おもろいのう」
横から声。
――高杉晋作。
(だから近いって)
「怒らんのか」
にやり、と笑う。
(……いや)
(半分あんたのせいだし)
「怒っても、見えるようにはなりません」
山縣は答える。
一拍。
高杉が、少しだけ目を細める。
「ほう」
そのとき。
「正しいな」
後ろから声。
大村益次郎。
いつの間におるんだ、この人。
「権は、欲しがる者に渡すな」
一拍。
「見えている者に渡せ」
(……権)
山縣の中で、その言葉が残る。
(資格じゃなくて)
(権、か)
大村は続ける。
「戦える者と」
「任せられる者は、違う」
短い。
でも、重い。
(……ああ)
山縣は、ゆっくり理解する。
強いだけじゃ、足りん。
速いだけでも、足りん。
(任せられるか)
そこが、別にある。
そのとき。
「ほれ」
高杉が、若い武士の肩を軽く叩く。
「死なんでよかったのう」
にやり、と笑う。
「次は、見てから行け」
軽い。
でも。
若い武士の顔が、少しだけ変わる。
「……はい!」
今度は、迷いのない返事。
走って戻っていく。
山縣は、その背中を見ながら思う。
(……選ぶのか)
誰に任せるか。
誰に、例外を許すか。
誰に、判断を渡すか。
(……これ)
(一番、重いかも)
そのとき。
「お前が決めろ」
高杉が、さらっと言う。
(……え)
思わず、顔を上げる。
「回しとるんは、お前じゃろ」
にやり、と笑う。
(……また来た)
でも。
今度は、前みたいに驚かん。
山縣は、小さく息を吐いた。
(……やるしかないか)
視線を、全体に向ける。
(次は)
(人を選ぶ)
そこまでやって。
(やっと、軍になる)
山縣は、そう思った。




