1.外から来るもんは、待ってくれんのじゃ
朝。
空気が、違った。
ざわつきでも、混乱でもない。
もっと、張りつめた感じ。
(……なんか、重い)
山縣は、そう思った。
人は動いとる。
組も回っとる。
でも――
(なんか、おかしい)
理由が、まだ見えん。
そのとき。
「来たぞ!」
声が上がる。
視線が、一斉に向く。
土煙。
馬。
役人。
(……外か)
山縣は、そこで理解した。
(ここじゃない何かが来た)
藩。
上。
この場を囲む“外”。
その空気が、一気に流れ込んでくる。
「どれが責任者じゃ」
低い声。
場が、固まる。
高杉が、前に出る。
――高杉晋作。
「わしじゃ」
軽く言う。
役人が、じっと見る。
「妙なことをしとるな」
(まあ、そう見えるよね)
山縣は、内心で頷いた。
「藩のやり方とは違う」
一拍。
「勝手に動かすな」
ぴたり、と空気が止まる。
(……止めに来た)
山縣の中で、冷たいものが落ちる。
(ここで止められたら)
(全部、終わる)
組も。
流れも。
(どうする)
視線を、高杉に向ける。
あの男は――
少しだけ、笑った。
「遅いんじゃろ」
ぽつりと、言う。
一瞬、意味が分からん。
「は?」
役人が、眉をひそめる。
「上の動きが、遅い」
高杉は、あっさり言う。
「決めきれとらん」
(……え)
山縣は、一瞬だけ固まった。
(それ、言う?)
「だから」
一歩、前に出る。
「先に動いとるだけじゃ」
静かに。
でも、逃げてない。
役人の目が、細くなる。
「勝手にか」
「勝手にじゃない」
高杉は、軽く首を振る。
「間に合わんからじゃ」
一拍。
「戦は、待ってくれん」
その言葉で、空気が変わる。
(……あ)
山縣は、そこで初めて引っかかった。
(この人)
(最初から、そこ見てた?)
「異国船が出とる」
役人が、低く言う。
「討つ準備がいる」
(やっぱり来た)
山縣の中で、何かが繋がる。
(外圧)
(でも)
(それだけじゃない)
「数が足りん」
役人が続ける。
「正規の兵では足りん」
沈黙。
その言葉が、落ちる。
(……ああ)
山縣は、ゆっくり理解した。
(藩が回ってない)
決めきれん。
動ききれん。
だから――
(この人、作ったのか)
奇兵隊を。
「だから、使う」
役人が言う。
短く。
「お前らを」
一瞬、静寂。
(……そういうことか)
命令じゃない。
依存じゃ。
回らないから、頼る。
(じゃあ)
山縣の中で、何かが固まる。
(もう、戻れない)
作ったものは、使われる。
試される。
そのとき。
「ええじゃろ」
高杉が、笑う。
「ちょうどええ」
(ちょうどよくないでしょ)
山縣は思う。
(これ、本番だよね?)
訓練じゃない。
試しでもない。
(……死ぬやつ)
一瞬、体の奥が冷える。
(無理じゃない?)
思考が、逃げかける。
でも。
(いや)
(ここでやらんと意味ない)
ここまでやったこと。
全部。
(試される)
そのとき。
「ほれ」
肩を叩かれる。
(だから近いって)
「回せるんじゃろ?」
高杉が、にやりと笑う。
一瞬、目が合う。
その奥に――
ほんの少しだけ、芯がある。
(……この人)
(最初から、これ見てた?)
確信まではいかん。
でも。
(偶然じゃない)
そう思った。
山縣は、ゆっくり息を吐いた。
(……回すか)
今度は。
(ほんとに、止まらんやつを)
視線を、全体に向ける。
人。
組。
流れ。
(いけるか)
答えは、まだ出ない。
でも。
(やるしかない)




