爆音楽の真実
土埃が酷い真っ暗なアパート室内で、ウォルフは自分たちにライトと鋭い眼光を向けるキリーを冷静な眼差しで見つめ返す。
そのキリーの瞳には、17歳とは思えない強い意志が宿っているようにブルースは感じた。
ウォルフは無言のまま、手探りで部屋の明かりのスイッチを入れる。
すると電灯の白い光に照らされて、部屋の様子がありありと分かるようになった。
こちらを睨む少女キリー・ギリース。
そしてその背後には、別の女の子が1人いた。歳はキリーと同じくらい、セミロングの髪や赤いチェックガウンには土汚れが付いている。
しかしそれよりもブルースの目を引いたのは、彼女たちの横だった。そこにはなんと、ぽっかりと空いた大きな穴が口を開けていたのだ。
ブルースはキリーたちの横を通って穴を覗き込む。
歪な形の穴は、直径が大人1人分以上、木の床をぶち抜いた穴は、まるでアリの巣穴のように地面を突き抜け奥へと続いている。どこかへ繋がっているのか、僅かな風が帽子に当たる。
「キリーちゃん、これはどこに繋がってるんだ?」
こちらの質問に、キリーは目を合わせない。
「エミング家のアパートに繋がってんのさ。だろ?」
自分の代わりに答えたウォルフにも、キリーは何も言わない。それが探偵が正解を言い当てたことを証明していた。
「つ、つまりキリーちゃんが通りで爆音を上げていたのってーー」
「そ。その穴を掘る時の掘削音や振動を誤魔化すためさ」
ウォルフの言葉に、キリーたちはピクリと反応する。
「ここにくる前に色々寄り道して調べさせてもらったぜ。穴を掘っていたのはそこにいるキリーの友人、ケイティ・ディオールだろう」ウォルフはチェックガウンの女子に視線を送る。「ブルースが噂で聞いたホームセンターでの目撃談、あれは地面を掘るための道具を買っていたんだろうな。エミング家の水道や電気が不調だったのもこのトンネルのせい。生活配線が全て埋没式のイギリスならではだな」
「じゃあキリーちゃんの演奏が昼だけだったのはーー」
「大きな音を毛嫌いするアントニーに悟らせないためだよ。昼間家にいるシャーリーは耳が遠いから問題なくても、アントニーの方は気がつく恐れがあるからな。そうだろ、ケイティ?」
「……どうして、ウチがいることに気が付いたの?」ケイティはこちらに話しかけながら、ライダーズジャケットで包んで抱いていたものを自身の背後にそっと動かす。
「引っかかったのは、そこにいるアホ髭がキリーと話した時の会話の内容だったよ。キリーは『大人はアタシたちの言うことを信じてくれない』、と言っていた。それで、キリーの他に誰か協力者がいると睨んだのさ」
この推理に、キリーはしまった、と唇を噛む。
「そして今日、キリーが昼間なのに演騒をしなかったと聞いて、トンネルが開通したことを確信したよ。それで、急いで駆けつけたってわけだ」
「でも、この娘たちはどうしてこんなことをーー?」
「それはーー」ウォルフはツカツカと歩くと、ケイティの後ろにあったジャケットを引き剥がす。
するとそこには、怯えた様子の痩せた青年男子がうずくまっていた。
「この、ジョセ・エミングを|誘拐するためだよ」
▷▷
「ジョセはあの家にいたんですか?」ブルースは目の前にいる青年の姿がまだ信じられなかった。「ウォルフさんはどうして気が付いたんですか?」
「そりゃ気づくさ。1ヶ月も前に家を出た人間の歯ブラシを置いておく奴がどこにいるんだよ」
「あぁ、成る程」言われてみれば当然の話に、ブルースは手をポン、と叩く。
「まぁある連中を呼んでるし、後はそいつらが来てからーー」
ウォルフがそう言った直後、入り口の扉が壊すような勢いで開かれた。
そうして全員の視線が集まる中、火かき棒を手にしたアントニーが目を血走らせて姿を現した。
息子の後に続いて、シャーリー、そして妻のアリスンも姿を見せる。
アントニーは部屋の全員を見回して息子の姿を見つけると、手に持った火かき棒の先をキリーに向ける。
「まさかとは思ったが、本当にお前の仕業だったとはな……。もう言い逃れはできないぞ、この誘拐犯め!」
しかしキリーは臆することなく、逆にアントニーを睨み返す。
「ふんっ、アタシが誘拐犯なら、アンタは暴行犯だろうが‼︎ アンタは、教育とか言ってジョセに暴力を振るってたんだろ。アタシは本人から聞いてんだからな」
「それだけじゃない。アンタたちはジョセを言葉と力の暴力で支配していたんだろっ‼︎」我慢できなくなったようで、ケイティもキリーの横に並んで反論する。「さんざん出来損ないだのグズだの言ってたそうじゃないか」
「お前たちのような落ちこぼれに何が分かるっ‼︎ うちの息子は人よりも頭の出来が悪いんだ。だから将来苦労しないように、多少は厳しくとも勉強をさせるのは当然のこと。他人の家庭に余計な首を突っ込むな!」そのままアントニーはキッ、と息子を睨みつける。「ジョセ、戻って来い! 今戻ってくるならそいつらを警察に突き出さずにおいてやる」
父親の言葉に、ジョセはビクッ、と身を強ばらせる。
その様子に、ブルースは頭に血が昇る。アントニー、キリーたちを人質にする気かーー‼︎
「そうだよ戻って来な。子どもは親の言うことを聞くのが当たり前だろう。それともなんだい、まだあんな馬鹿げた夢を持ってるんじゃないだろうね⁉︎」息子の言葉に威勢が良くなったのか、シャーリーも語気を強める。「だいたい普通の生き方をできない奴に価値なんて無いんだよっ‼︎」
「っ! おいババア、いい加減にーー!」シャーリーのあまりの暴言に、キリーはおもわず飛びかかりそうになる。
しかしそんな彼女を遮って、ウォルフが前に進み出た。
「な、なんだいアンタは?」ウォルフの風貌にたじろぐシャーリーは、息子の背中に隠れる。
「……おいあんたら、普通の生き方をできない奴には価値が無いって?」
低く、それでも威圧感のあるウォルフの言葉に、アントニーは思わず後退りする。
「じゃあ何か? 普通とは違う精神疾患の人間は無価値だってのか? そんなことは絶対に言わせねえ。アリにはアリの、キリギリスにはキリギリスの生き方があるんだよ」
ウォルフの狼のような眼光に睨まれたアントニーとシャーリーは、昆虫標本のようにその場に立ち尽くすしかなかった。
ブルースはウォルフに視線が集まるその隙に、アリスンの手を引いて夫たちから引き離しておく。
ウォルフはその間に、ジョセの前に腰を下ろして言葉をかけた。
「なぁ少年、"アリとキリギリス"の話で、どうしてキリギリスはアリに助けてもらえなかったと思う?」
探偵からの突然の質問に、ジョセを始めとした全員のあたまに?マークが浮かぶ。
「本当は物語に載っていない部分で、キリギリスは努力をしていたのかもしれない。しかしそれを口にしなかったことで、アリの目には、キリギリスは歌を歌うだけの怠け者に見えてしまったんじゃねえかな? 人は自分の知り得た情報でしか判断、行動できないからな。だからーー」ウォルフは握った拳を、ジョセの左胸に当てる。「お前の本音は、自分で口にしなきゃ俺たちは助けてやれないぜ。お前は、どうして欲しい?」
「ーー僕は、……」探偵の言葉に、ジョセは俯きながらも自分の気持ちを囁く。「……助けて、ほしいです」
小さくも確かな少年の意思に、ウォルフは笑顔を見せた。
「上等だ」ウォルフは立ち上がると、アントニーたちに向き直る。「それじゃ、毒親たちには退いてもらおうか」
「ーーふ、ふざけるなぁ!」激昂したアントニーは、火かき棒をメチャクチャに振り回してウォルフたちに襲い掛かろうとする。
それを見たアリスンは必死になって夫の腕にしがみついて止めようとする。
「アントニー、もう止めてっ‼︎」
「どけっ‼︎‼︎」逆上したアントニーは、静止させようとする妻を乱暴に振り解いて前進を続ける。「どいつもこいつも、私の邪魔をするなぁぁあああ‼︎」
そのままの勢いで火かき棒が振り下ろされ、キリーとケイティが親友に覆い被さる。
その直後、鈍い音が2回、部屋に響き渡ったーー。
▷▷
「おい、大丈夫か⁉︎」警官を引き連れたグレイ・ハウンド警部と丸内和泉刑事が部屋に突入した。
「遅ーよお前ら」出発前にグレイたちを呼びつけていたウォルフは、部屋の前で歪に曲がった火かき棒をいじっていた。
グレイたちが部屋に入ると、色黒の男と老女が部屋の隅で気絶している姿が目に入った。
「おいおい、今度は何やらかしたんだよ?」
「失礼なこと言わないでくださいよ。その連中は加害者側ですよ」そう言いながら、ブルースは右腕をブンブンと振って調子を確かめる。「そこのアントニーが女の子たちに暴力振るおうとしたのを、俺が右腕で受け止めてカウンターパンチ喰らわせただけっすよ。吹っ飛んだ息子に押し潰されて、母親も気絶しちゃいましたけどね」
いつもと同じ展開だと知り、グレイはやれやれと肩をすくめる。
「毎度のことながら、もう少し手加減できなかったのか?」
「フン。妻に手を挙げるような馬鹿には、優しすぎるくらいっすよ」そう言いながら、ブルースは息子とキリーたちに寄り添うアリスンに目を向ける。
こうして後に"アリとキリギリス事件"と語られることとなる騒動は、後奏を迎えるのだったーー。




