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〜アリとキリギリス〜  作者: 丹羽 カメゾウ
6/9

夜外ライブ

「ーーってことでした。思ったより楽に終わった依頼だけど、なんかモヤモヤが多いまま終わっちゃったんすよ」事務所に戻り、ブルースはこの2日間の調査をウォルフに報告した。「特にあのおっさんの偏見! 別にアンタをひいきするわけじゃないけど、あれにはイラッとしましたね」

「ま、よくあることだ」腹立つこちらとは対照的に、ソファーに寝転んだまま話を聞くウォルフは淡々と返事を返す。

「よくあることって、悔しくないんすか⁉︎」

「……童話の"アリとキリギリス"の話、あれって元ネタは"アリとセミ"だって知ってるか?」

「は? いきなりなんの話っすか?」あまりの話題の切り替えに、ブルースは声が裏返る。

「この童話を考えたイソップは古代ギリシャの童話作家なんだ。ギリシャってのは地中海に面した暖かい地域で、そこにはセミが広く生息していたんだ。だけどアルプス山脈を越えたヨーロッパ北部はギリシャに比べて寒く、セミは生息していなかった」

「は、はぁ……」

「だからヨーロッパの方にイソップ童話が伝わった時、ヨーロッパの連中は困ったわけだ。なにしろ()()なんて生き物、見たことないんだからな。それで話を読んでみると、セミとは夏はうるさく鳴く虫だと書いてある。それをヨーロッパに生息してる虫で考えてみると、『あぁ、こりゃキリギリスのことだ』となったわけだ。こうして、"アリとセミ"は"アリとキリギリス"になったわけだ」

「だから、それが一体なんだってーー」

「人は分からないことってのは、自分に分かる何かに当てはめて解釈しようとするってことさ。依頼人の反応もそれと同じ。統合失調症が理解できないあのおっさんにとって、俺の共感しない態度はただの無礼と考えちまったってこと」

「ーー!」ウォルフの説明に、ブルースはようやく相棒の話を理解した。

「これは"アリとキリギリス"の話自体にも当てはまることかもな。話の文脈だけを読むとキリギリスは夏に必要な作業をしなかった怠け者に見えるかもしれないが、実はキリギリスは溜め込んでいた穀物を、他の虫たちに配っちまって無くなったんだとしたら、話の内容はまるで変わってくる。結局人は与えられた情報からしか物事を解釈できないわけだ。もしかしたら今回の事件も、そうなのかもな……」

「つまりキリーちゃんにも、何か俺たちの知らない理由があるってことっすか? でも、あの娘はもう演奏をしなかったんですよ? ならもうこの件は終わりじゃないんすか? まぁだとしても、アリスンさんにはもう1回会わなきゃいけないと思いますけど」ブルースは昨日見た人妻の美しい顔を思い浮かべる。

「それって、その奥さんが美人だからじゃないのか?」

「ーーまぁそれも有るっすけどね」ウォルフの言葉に、ブルースは顎髭を触りながらニヤリと笑う。

「ま、お前の言いたいことも分かるよ」そう言うと半分だけの狼の仮面をつけた探偵スクッと立ち上がり、ボロボロのピーコートに袖を通す。「それじゃ、虫の音を聴きに行くか」



 ▷▷



 すっかり陽の落ちた夜の中、アントニー・エミングは自宅のリビングで夕食の置かれたテーブルを囲んでいた。

 少ししてアリスンが部屋に戻ってくると、3人は食事を始める。

 男が仕事を終え、妻が食事を用意し、家族で食事をする。いつも通りのありふれた光景に、アントニーは満足していた。

「やはり普通の暮らしが何よりだな」オレンジのジュースを飲みながら、アントニーはポツリと呟く。

「勿論よ。あなたのお父さんもお爺さんも、そうして生きてきたんだから」息子の言葉に、シャーリーもにっこりと頷く。「アリスンさん、勿論あなたもそう思うでしょ?」

「……あの、お義母さん。勿論アントニーの生き方は素敵だと思います。けれど、いろんな人が生きているなら、いろんな生き方、()()方があっても良いんじゃないでしょうか。あの子だってーー」

 妻の言葉に、アントニーは冷ややかな視線を送る。

「君はまだそんなことを言うのか。あの子の将来を思えばこそ、僕はああしているんだ」

「その通りよ。それともあなたは、息子があの馬鹿げた音を鳴らす娘みたいになっても良いというの?」

「でもーー」

 その時、窓の外からまるで花火でも爆発したかのような大爆音が部屋に響き渡った。

 大きな音が苦手なアントニーは、両手で耳を押さえながら玄関の鍵を回す。すると玄関先には、アンプに繋がれたエレキギターをかき鳴らす1人の少女が立っていたーー。




 扉を開けた玄関から、アントニーはキリー・ギリースに向かって抗議する。しかし爆音にかき消されて、その声は届かなかった。

 昼は何も言わなかったシャーリーも、アントニーの背後から抗議するが、状況は変わらない。

 アリスンは耳を押さえて、抗議を続ける2人の姿を後ろから見ることしかできなかった。


 10分近く経つと、キリー・ギリースはようやく大音量の演奏を終わらせた。

「〜〜〜〜! おいキミ、一体何の真似だ⁉︎」

 少しして耳が戻ると、アントニーがキリーに向かって大声で怒鳴りつける。

 すると少女はトコトコと彼らに向かって距離を詰め、手を出すと悪びれもなく口を開いた。

「おっさん、アタシお(かね)がないんだ。恵んでくれよ」

 あまりに唐突な申し出に、アントニーは数秒動きを止めた。

「ーーふ、ふざけるなぁっ! これだけの迷惑をかけておきながら(かね)を恵んでくれだと? 馬鹿にするのもいい加減にしろっ!」普段外で見せる温厚な姿とは別人のようになりながら、アントニーは怒り狂う。「私は毎日真面目に働いているからこそ給料を得ているんだ。それに比べてキミは何をしていたんだ?」

「毎日ここでギターの練習をしてたんだよ。でも(かね)にならなくてさ」

「フンッ! それなら、今度は歌でも歌ったらどうだね?」そう言い放つと、アントニーは大きな音で扉を閉めてしまった。


 その様子を見届けたキリーは、ニヤリと口元を緩ませて急いで自分のアパートへと駆け出していく。



 ▷▷



 自分のアパートへと戻ったキリーは、ギターを放り出して明かりも無い暗い中を慣れた足取りで走り抜ける。

 そしてある場所に着くと、途中手に持った懐中電灯で前方を照らした。

「やった?」キリーは目の前の人物に尋ねる。その声には興奮の色が混じっていた。

「OK! 作戦は大成功だよ」ライトに目を瞬かせるその人物は、両手で何かを()いていた。

 それを確認すると、キリーはホッと安堵の息を吐く。

「よしっ。後は急いでここを離れてーー」

「やっぱりこういうことだったか」

 自分たちの背後から聞こえた知らない声に、キリーたちの心臓は停まりそうになった。

 そして彼女が振り返ってライトを向けた先には、昨日出会った無精髭の男と、半分だけの狼の仮面を着けた奇妙な男が立っていたーー。

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