ありきたりな結末
騒音事件から1週間後、ロンドン警視庁に招かれたブルースたちは、ようやく事件の全容を知ることとなった。
「ジョセくんは他の同級生たちに比べて勉強ーー特に算数関係ーーが劣っていたせいで、クラスでも家でも孤立していたそうです」応接室でカップを4つ配りながら、イズミはそう教えてくれた。「そんな中彼に声をかけたのが、キリー・ギリースちゃんでした。あの娘はジョセくんに、母親と何処か似た雰囲気を感じていたらしく、放っておけなかったと言っていました」
「母親と似た雰囲気、ねぇ……。ま、そうかもな」ウォルフはイズミの言葉に、まるで自虐するように笑う。
そのウォルフの笑いに、グレイはある書類をテーブル放り出して見せる。そこにはキリーに似た女性の写真が貼られていた。
「お前に言われて調べたところ、キリーの母親、セミリア・ギリースは精神疾患を持っていたらしい。尤も本人がそれを知ったのは成人してからで、学生時代はそのせいで随分と酷い扱いを受けたようだ。疾患のせいで正規雇用にもつけず、各地で歌を歌って娘の生活費や学費をなんとか稼いでいたらしい」
「そうですか……。ん? ということは、もしかしてジョセも?」
こちらの疑問に、イズミはコクリ、と頷く。
「ええ。ウォルフさんの提案で検査したところ、ジョセくんも発達障害の1つ、自閉スペクトラム症と診断されました」
「ブルースが聞いていたジョセの、落ち着きがない・人とのコミュニケーションが苦手・空気が読めない・変化に対応することが苦手、こうした症状は自閉スペクトラム症の症状だからな。算数が苦手なのも、自閉スペクトラム症に併存しやすい疾患の1つだ」
「もっとも、あの父親と祖母は息子の精神疾患に気づいていなかったけどな。事情聴取の間に説明してやっても、精神疾患なんて言い訳だとか言って認めようとしなかったが」その時の光景を思い出したのか、グレイは机の上のビスケットをバリバリと噛み砕く。「そう言って、奴らはジョセを普通の子と同じように教育しようとしたが、当然上手くいかない。そこで、段々子育ての名を借りた暴力を振るうようになっていったんだ」
「ーーやがてキリーちゃんと親しくなったジョセくんは、彼女や彼女の友だちであるケイティちゃんを通じてクラシックやロックの音楽と出会いました」
そうした出会いから、ジョセは次第に音楽の作詞家になりたいという夢を抱くようになった。そうして彼が作詞した曲は、目を見張る出来栄えだったらしい。
「ーーだけど代々公務員などの安定した仕事に就いてきた家系のアントニーやシャーリーは、息子の夢を認めず、自分たちの定めた生き方から逸れない、アリのような生き方を強いたんです」
それでも作詞家の道を諦めなかったジョセを、アントニーはやがて転校という名目で学校を辞めさせて、自宅に監禁してしまった。
「あの家の玄関扉が内側からもカギで締める使用になっていたのも、ジョセが家から逃げないための工夫だと言っていました。カギを持っているのは、アントニーとシャーリーだけ。2人はそうして、ジョセを自分たちに従わせようとしたんです」
「母親のアリスンさんはどういう立場だったの?」カップの紅茶を飲みながら、ブルースは人差し指をイズミに向ける。
「アリスンさんはあの家庭内で唯一ジョセくんの味方でした。けれどもアントニーは、妻でありながら反抗する彼女にも、暴力を振るっていたらしいです」
「チッ。あのクソ野郎、やっぱりもう2、3発殴っておけば良かった」ブルースは拳を掌にぶつけながら、苦々しく呟く。
「あんまり度が過ぎると、俺たちとしても見過ごせなくなるから止めてくれ」
「グレイ、今回の事件に関してお前らがそんな偉そうなこと言えた口か?」
ウォルフの言葉に、グレイはバツが悪そうにする。
「ーーま、それに関しちゃぐうの音も出ねえよ。ジョセから話を聞いたキリーが助けを求めた時、警察官たちは、アントニーは真面目な人物だという周囲の話とジョセ本人が被害を否定したことで、あっさり調査を終わらせちまったらしいからな」
「ジョセくんは、父親と祖母の躾けに怯えていました。そのせいで本当のことを話せなかったとはいえ、気がついてあげられなかったのは、私たち警察の落ち度です」そう語りながら、イズミは膝の上で拳を握り、悔しさを露わにする。
「いや、イズミちゃんたちが他の警察官の不祥事まで責任を負う必要はないでしょ」
「お気遣いありがとうございます。でもブルースさん、どうしてアリスンさんが暴力を受けていることに気がついたんですか?」
「エミング家に行った時の服装でね。部屋は異様に暑かったのに、彼女は全身の殆どを隠した冬の装いのままで袖も捲らない。しかも義母もそれを指摘しなかった。だから分かったんだよ。この人は体に何か隠していて、それに気づいて欲しがってるってね」
「なるほど。女好きならではの視線ってわけか」
「フェミニストと言ってくださいよ」
「ーーま、そういう経緯で、大人を信用できなくなったキリーたちは、自分たちだけでジョセを助けようと決めたそうだ」
「ーーそれが、今回の騒音&掘削作戦だったわけですか」
「ああ。実際にあのトンネルを調べて驚いたよ。素人だけでよくもまぁあんなもんを拵えたもんだ。キリーにしても、警察に捕まることも覚悟の上で騒音による陽動役を買って出たそうだ。友情ってのは、凄まじいねぇ」ヒラヒラと手を振りながら、グレイはキリーたちの行動を暗に称賛する。
「ーーそれで、結局この事件はどう決着するんだ?」ウォルフは仮面に手を当てて頬杖をつく。
「ああ。問題のアントニーとシャーリーだが、こいつらは家庭内暴力や監禁などの件で逮捕、起訴することになるな」
関心のない小悪党たちの結末に、ウォルフとブルースは気のない返事を返す。
それを分かっていたようで、グレイは肩をすくめる。
「で、他の関係者の方だがーー」




