39-13 fin
あの日、タイムリミット直前の午後4時半を過ぎてもフーリヤは自室に籠ってずっと何かをしていた。ヴァンハイトとハジメは割と部屋で何かに熱中している間に終わるのではと不安だったのだが、幸いにして彼女はちゃんと時間を計算していた。
ヴァンハイトの部屋に入ってきたフーリヤは、その手に見たこともないほど大きな種子を握っていた。数日かけて盗み聞き対策を万全とした部屋で、彼女はそれを見せびらかすようにヴァンハイトの前に掲げる。
『仕事のために持ってた全部の植物と種の一つ一つに私の魂を分けて込めて、私の身体の中でひとつにしてみたのぉ。この形になったのは私も予想外だったなぁ……こんなにおっきな種、いつどうやって芽吹くのか想像できないや』
植物に魂を分割して込める妖精の力は、フーリヤの消滅と同時に消える。
しかし、彼女が吐き出した花たちは、彼女の外に放出された時点で独立した本物として機能するし、命もある。彼女が死ぬと同時に全て消えるかと問われたウルの返答は、『ゼロからフーリヤに与えられた命は潰えても、物体そのものは消滅しない』というものだった。これはウル以外の知恵者にも確認を取ったので確実だった。
では、最初から命を持っている種子の場合はどうか?
フーリヤ達が花を吐き出す場合と種などから花を増やす場合では微妙に原理が異なる。
前者は概念的な花だが、後者は植物と花の妖精による無意識の契約によって生み出されると言ってよい。花の妖精は植物に対してかなり優先的な契約権を保持しているため、種とフーリヤの間には契約が成立する。
それは逆説的に、フーリヤが消滅しても彼女の分割された魂は種の命がある限りこの世界に留まる可能性があるということだ。命の補完、魂の再結集――それによる花の妖精としてのフーリヤの再誕。
『おかげでヘロヘロ……グランパが居なくなる前にこっちが消えちゃうかも』
日常的なそれとは訳の違う、自分の再誕を賭けた魂の封入だ。
唯でさえ存在として不安定になりつつあるフーリヤは命懸けで種に力を込めたようで、ハジメには彼女のオーラが生命に関わるレベルで枯渇しているのが感じ取れた。恐らく、殆ど忍耐と気力だけで動いている状態だ。
それでも、フーリヤはしっかりと自分の足でヴァンハイトの側に歩み寄り、額にキスをする。
『いいよねグランパ。私は消えるけど、この種に未来を託す。グランパは一度死んでもまた生まれたんでしょ? 私もグランパの孫だから、きっと上手く行くよ。もし全部上手く行って、私がまた私としてこの世界に生まれたら……そのときは、ショージに責任持って面倒見て貰おっかなー?』
『……そうか。好きなのかい?』
『分かんない。でも、気になる』
『……なら、いい。行ってあげなさい』
『うん。愛してるよ、グランパ』
二人の最期の言葉は、どこまでも愛に満ちていた。
フーリヤのやっていることは過去に誰も試みたことのない行為だ。
本物の花の妖精が同じことをした場合、恐らく確実に別個体として子供が産まれる。あの種が芽吹いてもフーリヤが彼女として再誕するかどうかは完全に不明だ。
失敗時の保険としてやはり契約で魂を縛るべきではないかという話も出た。
両親のヴィロヌとフルーシェは特に不安そうであった。
ただ、世界最高位の占い師であるテティアに通信越しに占って貰うと「はっきりとはわからないが、種はいずれ芽吹き生命が誕生する」という結果が出たのが後推しとなり、用意された種は頑固な彼女と家族の間で折衷の着地点となった。
ヴァンハイトはフーリヤがフーリヤとして生まれるか、それとも彼女を受け継いだ別の何者かになるかに関わらず、孫の試みと占いを信じて依頼を成功した扱いとしてくれた。
『パパ、ママ。もう一度生まれたら、またパパとママって呼んでいい?』
『当たり前じゃないか! お前は私のたった一人の大切な……!!』
『好きにすればいいのよ、フーリヤ。生まれた先には契約にも運命にも縛られない自由がきっと広がってる。でも元気な顔を見たいから、たまには帰ってきてね?』
『うん……パパ、ママ、愛してるよ』
両親の頬にキスして抱擁を交わす。
この間にも時間は刻一刻と過ぎている。
仮に再誕するとしても、彼女が一度死ぬことには変わりないのだ。
フーリヤは肉体の限界から足がふらつき始めていたが、ロッティが彼女を抱きかかえて自分の活力を流し込んだ。
『グランマ……』
『大事なデートなんだから、疲れた顔しちゃ駄目よ。少ないけれど喋る元気くらいはこれでなんとかなるでしょう。さ、行ってらっしゃい』
『グランマ、ありがとう。愛してるよ』
ロッティの身体に抱きついて存在を確かめるように呟いたフーリヤは、彼女の頬にキスして、今度こそ庭でなにやら物作りをしているショージの元へと向かった。
ロッティの行なったそれは妖精の寿命を削る命の譲り方であったらしい。
もうすぐ消えゆく祖母から孫への最期のプレゼントだった。
ヴァンハイトは孫が去った直後、ロッティを通して盗み聞き対策をカットするよう要求すると、「最期まで老人の無理難題な我儘に付き合ってくれてありがとう。もう十分だ……もう……」と、全てを諦めた老人のそれとしか思えない情けなく哀れっぽい台詞を口にした。
そして、ヴァンハイトはロッティと共に午後5時に鳴り響く『遠き山に日は落ちて』の鐘の音色に身を預け――終わりと同時に「最期に、君への報酬を……」と何か言おうとして事切れた。
――後に魔力の痕跡を調べたウル曰く、最期の死は自ら禁を破ったことにより呪いで死んだらしい。
つまり、依頼に失敗したハジメに最期の温情で情報を喋ろうとしたことでうっかり呪いが発動したように十三円卓に見せかけるための実質的な自害だ。
ヴァンハイトも老齢で認知機能が低下して感傷的になったか、死を間近に意識が混濁していたのだなと十三円卓に印象づけ、ハジメは結局依頼には失敗したのだと思わせるための一芝居。
これまでも何度か偽装の音声は流していたものの、何も言い残さなければ十三円卓が「ハジメはどこかで情報を受け取っていたのでは」と勝手に疑心暗鬼に陥ることを読んで、分かりやすい納得に流れるようこれ見よがしな情報を設置して彼は死を受け入れた。
NINJA旅団に監視を監視させていたが、監視者たちは実際にヴァンハイトの去り際の罠にまんまと嵌り、やはりゴーストチルドレンを助ける術などないという先入観から早々に監視を引き上げていったという。
『切り分け包丁ヴァンハイト』の最期は、己の命を無駄なく綺麗に切り落とすというある意味彼らしいものであった。
こうしてヴァンハイトの了承は得られたものの、遺された両親の心情などを鑑みるにフーリヤの魂が籠った種子の顛末は見届けたい。
ハジメは一週間ほど間を置いてからフルーシェから情報を聞き出すつもりだった。
しかし、一週間を待たずしてフーリヤは復活。
これによって、依頼は仮達成から完全達成にスライドした。
ハジメとしてもフーリヤがフーリヤとして復活しなかった場合は依頼は不完全に終わると考えていたので、これで枕を高くして眠れるというものである。
「そういうわけで、フーリヤの説得から再誕まで、何から何までお前の世話になってしまって済まなかったな。結果論だが、もしブンゴを呼んで一日で修理を終えていればいればフーリヤの心は動かなかったのではないかという気がする。お前でなければこの結果には辿り着けなかっただろう。数奇な巡り合わせとしか俺には言えん」
「はぁぁぁぁぁ~~~~~……」
ショージはひどく釈然としないため息をついてハジメを睨んだが、それ以上文句は言わなかった。
「……フーリヤの命と、運命に縛られない人生の為だったんだよな?」
「そうだ。サヴァリー家の総意があったし、俺や協力者もそうすべきだと思った。責任は俺持ちだ」
「じゃあ、いっか。フーリヤの人生があんな終わり方になったのは俺だってずっと納得いってなかったんだ。なんつーか……こいつとまた会えたことは、嬉しい。何も知らんまま他人で終わるよりはこっちの未来の方がいいよ」
経緯については納得し切れていないしフーリヤに対する照れ隠しのような素っ気なさはあるが、ショージは自分の本心を素直に認めた。
フーリヤは「私もまた会えてうれしいな」と素直に微笑んだ。
フーリヤはその後、両親と再会してまた家族となった。
厳密には今のフーリヤはもはや誰にも存在を依存しない、本物の妖精が人に転じた存在となっているらしい。フレイとフレイヤは「ショージが種に行なったことが全部成功したのだと思う」「見かけによらず情熱的なんですねぇ」としみじみ語った。
「散ったあとの花びらを土に混ぜたのも、数日間フーリヤが種の中にいるかのように話しかけたり思いを馳せていたのも、全てが妖精の自意識を安定させたり嘗ての人型を想起させるのに機能した筈だ!」
「ショージ様もお兄様ほどではないものの純粋な慈悲や真心というものが備わっているということですわね!」
「貶された気分になって俺の心にダメージッ!!」
「あはは、子供に下に見られててショージかわいそぉ」
くすくす笑って慰めるようにショージの頭を撫でるフーリヤは、村に正式に移り住んで以降はなかなかの高確率でショージと同行している。他の住民に挨拶回りしたり仲良くしてはいるのだが、特にショージが村の外に出る際にはどこからともなく聞きつけて、いつの間にか村の転移台の前でにこにこしながら待っている。
これには村も「あのショージに遂に春が!?」と色めき立った。
当のショージも雑に接してはいるが、周囲には満更でもなさそうに見えた。
ただ、ショージはある根拠を振り翳してこれを否定した。
「俺はフーリヤのことは友達みたいなもんとしか見てねーし、何より俺に気があるならアイツは花吐く筈だからそういうのじゃねーんだよ!!」
「でも一緒にいるの楽しいし、似たもの同士ではあるよねぇ」
「おめーどっちの味方だ!?」
「私は私の味方~」
からかうようなフーリヤの言葉にショージは「まぁそうだけども!」と結果的によく構う形になってるので、少なくとも仲が良い寄りなのは確かだろう。
とはいえ確かにフーリヤはショージの前で盛大に花を吐き出しているところは目撃されていない。花自体は今もちょくちょく吐いているし、恋心は特にこみあげるらしいので、フーリヤがショージに強い恋慕を抱いている訳ではなく「一緒にいると楽しい」がラフな感情であるという理論は筋が通っている。
ただ、「それはまだフーリヤが強く自覚してないだけ」とか「オタクがギャルに優しくされたら好きになるに決まってる理論」とか、或いは「一度生まれ変わったからその辺の法則性も変化したのでは?」など彼の理論をいまいち信用していない層もそれなりにいる。
特にブンゴは「そんなこと言っておいて段々距離縮めてるんだろ!」と血涙を流して悔しがっていたが、フーリヤはブンゴにも「ショージの友達」という興味からそこそこ話しかけているので、それはそれで嬉しいようだ。ちょっと喜び方が気持ち悪いという意見はあるものの、男なんてそういうものだと言われればそれまでかもしれない。
騒がしくせわしない日々を送るフーリヤと、絡まれるショージ。
外野は二人の関係についてはどうとでも言えるが、結局は彼女のことは身内が一番良く知っている。母親のフルーシェは娘の本心をなんとなく察していた。
「グランパのいない世界との向き合い方が分からなくてちょっと空回ってるんだと思うわ。ショージ君に甘えているのは不安の裏返し。もう少ししたら落ち着きを取り戻すんじゃないかしら。それまでどうか受け入れてあげてね、ショージ君」
「う、うす……」
自分も不安はある筈なのに娘の身を案じるフルーシェの言葉に、ショージは頷くしかない。
己の存在意義ですらあった祖父ヴァンハイトの喪失は、生まれ変わったからといって急に気にならなくなる訳もない。喪失感、悲しみ、戸惑い、不安、様々な感情はフーリヤにとって未知の感情だ。それを彼女なりに処理しようとして気丈に振る舞った結果が今のアクティブなフーリヤらしい。
「それはそれとして甘えが止まらなくなった場合はモチロンそういうことだから責任取ってあげてね? もういい年頃だし、自分で言うのもなんだけどいいお嫁になるわよあの子は!」
「うおォい!? さっきの話と流れが違いますけれどぉ!?」
……もしかしたらフルーシェも同じく少々空回り中なのかも知れない。
夫のヴィロヌも含めてもう少しフォローすべきかも知れないとハジメは思った。
こうして色濃く短い依頼を経てショージは少し成長し、村には新たな住民が増えた。
同時に、フルーシェとフーリヤを経由してヴァンハイトが終ぞ誰にも口に出来なかった数多くの十三円卓議会の内情は確かにハジメの手に齎された。
ヴァンハイトは円卓を辞めて数十年経過しているとはいえ、それでも十二分に価値と意義があり、確度も高い情報だ。
同時並行して調査が行なわれていた様々な情報についても報告が上がっている。
近々、今度はシルベル王国も参加した秘密裏の情報共有会議が開かれるだろう。
――情報をくれてやるから、娘や孫の生きる未来を守って貰う。
ヴァンハイトからそう言われている気がして、だとすればこの依頼はハジメの読み以上の引っかけが仕込まれていたことになる。ライカゲの忠告があったので注意していたつもりだったが、悪意も敵意もないのでまんまと釣られてしまった。
今日も遠くからフーリヤとショージの賑やかしい声が聞こえる。
「次の仕事も一緒について行っていーい?」
「おめーイヤって言ったら勝手に着いてくんだろーがよぉ」
「だってぇ、ショージに責任取って貰わないとぉ。ショージが芽吹かせたんだよ、私のことぉ」
「意味深な言い方ぁ!! はぁ、ったく。【帰還の天糸】はまだ予備あるんだろーな?」
「あるよ~」
結果的に未来はヴァンハイトの思惑通り、彼の愛しの孫は不安で自由な道へと自らの足で駆け出した。
彼女たちの消滅を防いで保護したことには微塵の後悔もないが、ヴァンハイトはどこまでも食えない老人だったなとハジメは肩をすくめた。




