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道を極めたおっさん冒険者は金が余りすぎたので散財することにしました。  作者: 空戦型


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39-11

 コモレビ村に戻ってからのショージは、これまでの精力的な活動や情熱が嘘のように静かな日々を過ごしていた。いつまでも全身を覆う虚脱感に身を任せるつもりはないのだが、ショージは少なくともフーリヤから託された種が芽吹くまではこうしていようかと思っていた。

 理由も根拠もなく、ただショージの未練がましさがそうさせるだけだ。


 周囲には悉く心配され、フェオやブンゴはハジメから事情を聞いたのか気遣わしげな態度を取らせてしまった。復帰したら彼らに詫びなければと思いつつも、ショージは静かに種を植えた大きな鉢に水をやる。


 窓際から様子を見ていたプラネアが愚痴を言う。


「わたしの鉢もそれくらい大きくしろ!」

「身体に合わせて段々大きくしてるじゃん」

「最初からデカイのがよい!!」

「背伸びするプラネアたんもかわゆいのぅ、どぅふふふ。鉢が大きくなったらより大胆にプラネアたんと生活空間を共有できるし案外悪くな……」

「キモッ!! やはり今のままでいいッ!!」


 即座に前言を撤回するプラネアに、ショージは笑う。

 彼女は落ち込んだ生活に笑顔を提供してくれる貴重な家族だ。

 プラネアはショージに何があったかなど一切確認を取らないし、態度もいつも通り過ぎて安心する。ショージが育てている種も「あくまでわたしに献上するスープ優先な!」と立場を固持するに留まった。


 そんな彼女に救われつつ、ショージは種に視線を落とす。

 鉢の中にはフーリヤだったもの――赤い花びらを土と共に混ぜた。

 根拠は特にないが、そうすることで種子がフーリヤという存在を少しでも受け継げると思ったからだ。特定の何かの花ではない、ただ花びらというだけの花だけは、彼女が消えた後も残った。

 ハジメ曰く、ゴーストチルドレンは本来なら本当に跡形もなく消えるので、彼女たちの遺した花びらは花の妖精に生まれたが故の例外だろうということだった。


 フーリヤもそうだが、ロッティも花びらになった。

 元々既に91歳であったから夫に添い遂げるつもりだったのだろう。

 彼女の花びらはヴァンハイトの葬儀の際、余すことなく棺に注がれ、夫婦共に丁重に弔われたらしい。

 フーリヤとその母の墓はない。

 遺体がないのでヴァンハイトの墓に「寄り添った妖精たち」とだけ列記されたそうだ。

 墓参りする気も確認する気も起きず、ショージは実物を見てすらいない。


(フーリヤ……修理を終えた後のこと、頑なに言わなかったのは今更だけどそういうことだったんだよな。お前ほどじゃないがいい人材が後釜に加わったから、迷惑掛けただなんて心配は……まぁしてないかもしれないが、しなくていいぞ)


 ショージはもういないフーリヤに話しかけるように心の中で呟く。


 結局、ショージのフーリヤ説得という仕事は対象の死亡により無効という形で呆気なく幕を下ろした。

 しかし、メロワの薬草不足問題には対応する必要がある。

 そこで白羽の矢が立ったのが、ネルティ・ピースという冒険者だ。


 リカントの少女ネルティは転生時に性転換した元おっさんで、『オートモード』という事前に設定した行動を肉体が自動で行なうという転生特典を持っている。ネルティは以前この能力でトラブルを起こして刑務所に叩き込まれかけたところをハジメに助けられた経緯から、ハジメに頭が上がらないのだという。


 彼女のオートモードによる薬草採集効率は世界最高位。しかもオートモード中の彼女は体力も集中力も消費しないので馬車馬のように働ける。


 新たなワンオペ態勢になっただけではないかとも思えるが、ネルティが不足分を補えば残りの足りない薬草は各地の薬草栽培地域から購入することで一旦は補える。その間にメロワはショージの修理した薬草栽培施設の稼働や運用状況の改善に取り組む。

 流通が完全に以前と同じ状態に戻る訳ではないが、少なくとも施設が安定して薬草を供給する軌道に乗ればネルティが一人で頑張る必要性はなくなる。彼女はそれまでの繋ぎだ。


 なお、ショージが「こいつ着服してるんじゃね?」と疑っていた施設の管理者は案の定やっていたらしい。なんと着服は二代前の管理者の時点でシステムが出来上がっており、現在の管理者である三代目はフーリヤの登場で欲をかいてやりすぎたようだ。


 初代は既に寿命であの世に逃走。

 二代目は退職後の行方が掴めていない。

 自然と非難の視線は当事者たる三代目に集中した。

 三代目が「何故自分が管理者のときに限って」などと言い訳していたが、気持ちは分からないでもない。それはそれとして悪い事をしたのは確かなので同情する気持ちにはならない。

 ハジメ風に言えば、正しいことに味方しなかった結果として発生したリスクを全身で浴びただけの話だ。危ない橋なら途中で引き返すか修繕すればよかったのだ。


 ヴァンハイト・サヴァリーは最初から引き返せない道を選んだ。

 無責任に子供を作り、孫を可愛がり、そして――。


「お前はそれで良かったのかもしれんけど、もう少し世の中を見る時間があっても良かったんじゃないか?」


 もう届かないと分かっていても、ショージはそう口に出さずにはいられなかった。




 ――翌日、早朝。


「……ジ……ョージ……ショージ、ショージぃ!!」

「んん、なんだぁ……」


 まだ日が昇って間もなく起きるには少々早い時間にキンキンと響く声が響いて、ショージは寝ぼけ眼を擦る。

 声の主はプラネアだが、彼女がこんなに騒ぐことは珍しい。

 眠気を堪えて布団から脱出したショージはフラフラとプラネアの方へと向う。


「どしたの、プラネアたぁん……」

「鉢が、はち切れそう!!」

「はちがはちきれぇ?」


 プラネア渾身のオヤジギャグにショージは首を傾げる。

 オヤジギャグでもプラネアが言うと可愛いなぁとピントの合わない視界を凝らして漸く彼女の姿をハッキリ捉えると、彼女は焦った様子で両手の人差指で部屋の一角を指し示していた。その視線誘導の先――フーリヤから受け取った種を植えた鉢を見る。


 そこには、昨日は芽吹きもしていなかった土を全て制圧しても余りある巨大なつぼみのようなものが出来上がっていた。余りの成長速度の著しさに根が鉢を圧迫しているのか、ピキピキミシミシと音を立てて鉢に亀裂が入っていた。


「鉢が、はちきれそうーーーーーーーッ!!」

「だからそう言っているだろうがおろかものぉ!! たいせつなタネなんだろ、なんとかしろぉ!!」

「そんなデケェ鉢想定してないのよ!! ええい、こいつでぇ!!」


 作ったはいいが使い道の無かった人が中に収まれるサイズの木製巨大タライを道具袋から引っ張り出して中に鉢を置くと同時、とうとう鉢がバカァン!! と破壊されて中から土と根が溢れ出る。

 ショージは慌ててフーリヤが散ったあとの花を混ぜた土を注ぎ込むが、注いだ先から全て根に吸収され、そうこうしている間に上のつぼみのサイズは直径一メートルを突破。このまま咲き誇ればラフレシアもびっくりの巨大花になるだろう。

 今度は土がからからになっていることに気付き、咄嗟にプラネア用にストックしていたスープを足すが、ものの数秒で飲み干されて慌てて水を取りに駆け出す。

 もうショージ家は大慌てである。

 草薙の剣も困ったようにオロオロ動いている。

 

「おいショージ!! もしかしてこのタネ、魔物かなんかのタネだったのではないかぁ!?」

「いやでも、フーリヤの遺品がそんな……確かに頑張っても芽吹かなかった的なこと言ってた気がするけども!!」

「厄のカホリがプンプンではないか!? このままセーチョーしきって家が花にのみこまれるなどわたしはゴメンだぞ!?」

「そんなこと言われたってぇ!!」


 つぼみは更に倍ほどのサイズに膨れ上がっていたが、とうとうつぼみの先端がゆっくりと開いていく。こうなったら最後までやり遂げるしかない。フーリヤの遺した種の正体をこの手で拝むのだ――!!


 ふわり、と、花の甘い香りが家に広がる。

 はらはらとつぼみの外側から一枚ずつ剥がれ落ちていき、巨大で美しく純白の花弁が円形に花開いた。


 その、花の中心に――。


「んん……ふにゅう……」


 ――身体を丸めて眠る全裸のフーリヤがいた。


「……」

「……」

「……え?」

「……ん?」


 ショージの頭は完全にフリーズした。

 先だって彼女が花びらとなって消えたときに匹敵するフリーズぶりだった。

 もしかしたら自分は夢を見ているのではないだろうか。


 ……夢はありえるな、と、僅かに理性が戻る。

 考えてみれば今のところ起きてから発生している出来事は大分非現実的で夢っぽいので真剣に明晰夢の可能性がある。それにしたって好きだったかどうかも分からない死んだ女の全裸を想像するだなんて自分がそこまで情けない人間だとは思わなかった――などと空回りするショージの思考を他所に、花の中央で眠るフーリヤが身じろぎする。


「んゅう……ん、ふわぁぁ……」


 彼女は目の前にショージがいることに気付いていないのか両手を突き上げて堂々と伸びをする。当然そんなことをされたら彼女の大事な所は余すことなく丸見えなのでショージは咄嗟に眼前に掌を掲げて見えないよう覆い隠した。

 普段は女性の裸など見れればラッキーな思考の彼も、フーリヤをそういう視線で見るのは不思議と抵抗があった。


 むにゃむにゃと寝ぼけたフーリヤはふとショージの気配に気づき、自分の剥き出しの肢体に視線を落とす。漸く両手で胸を隠して足を畳んだ彼女は、顔を赤らめてショージにちょっとだけ非難がましい視線を向け、口を尖らせる。


「ショージのえっち」

「なにベッタベタな台詞言ってんだ服着ろ服ぅッ!!」

「ん」


 妖精の力の為せる業か、フーリヤの身体が輝くと植物で構成された下着が身につけられる……のだが。


「あーダメダメ。えっちすぎます!」


 植物の葉と蔓、そして小さな花で遇われた下着は行きすぎたグラビア衣装みたいなきわどさがあって気まずいし、未だに地肌の8割くらいが丸見えである。


「もうちょいどうにかなりませんかねぇ!?」

「ん~……今はムリ。服貸してよぉ」

「ええい、とりあえずこれ着ろ!」


 仕方ないのでショージが完全オフで家に籠る際に使う大きなTシャツを貸したのだが、サイズの合わないぶかぶかシャツを着たせいで太もものラインが絶妙な隠れ方をしてしまい、これはこれで悩ましい。


「って、そうじゃなくてッ!! お前フーリヤか!? 俺の知ってる、一緒に大風車修理した!?」

「そうだよぉ。復活のフーリヤちゃんでぇす。約束守ったよ、偉いでしょ~」


 指でピースサインを作ってにへらと笑うフーリヤは、髪色が以前より少し淡くなっているが言動容姿のどこからどう見てもフーリヤだった。


 と――ショージの家の玄関が開き、ハジメが顔を出す。


「おい、鍵をかけ忘れているぞ。流石に少し不用心だ」

「あっハジメ!! 丁度いいところに!! たっ、タネが!! フーリヤに!!」

「騒ぎを聞きつけてきてみれば、なるほどな――」


 ハジメはフーリヤを見やり、衝撃の一言を放った。


「ヴァンハイトからの依頼は無事成功か」

「……へ?」


 ここ数日で実に三度目のフリーズがショージの脳に訪れた。

 処理落ちしたコンピュータのように鈍い彼はやがて、言葉の真意に辿り着いて震える指でハジメを指す。


「おい。おい、ハジメお前……お前まさか!!」

「守秘義務がさっきまであったので喋れなかったが、上手く行けばこうなるのは知っていた」

「うおォォォォォォォォォイッッ!!?」


 ショージのここ数日の涙、落ち込み、センチメンタルな気分を、ハジメは知らねえよとばかりに堂々とした鉄面皮で足蹴にした。フーリヤは「えへへ」と悪戯が成功したような自慢げな表情を浮かべたあと、ハジメに向き合う。


「パパとママは元気ですか?」

「もう昨日のうちにコモレビ村に現地入りしている。死の偽装もいまのところ円卓に気取られてはいないようだ。君たちをヴァンハイトとロッティの葬式に参加させられなかったのは申し訳なかったが……」

「生きている間にお別れは済んだので、頃合いを見てお墓参りに行きます……そっか、もう何日か経っちゃったんだ――バイバイ、グランパ、グランマ」


 最愛の祖父と祖母が既にこの世を去っているという事実はいくら頭で理解していても簡単に受け流せないのか、フーリヤは暫く目を閉じて家族に祈りを捧げた。

 その横でショージは「ハジメ、テメェェェェェェッッ!!!」とマジギレして拳を振り回してはハジメに指一本で止められながら「プロなら守秘義務は絶対。必要性も高かった」と正論カウンターをかまされ続けた。

 草薙の剣は落ち着きを取り戻して傍観者となり、プラネアはというと焦っていた自分が馬鹿らしくなって二度寝を始めるのであった。


 ……なお、後れて騒ぎを聞きつけた住民達は「まぁショージだし」と様子を見に行かなかったので、後でフーリヤがひょっこりショージの家から出てきて「ショージが遂に自宅に女を誘拐監禁!?」「分かった、結婚詐欺か!!」「彼女が出来なすぎて作った!?」等と大失礼な驚き方をしたという。

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