満天姫、おでんを勧める
だが、満天姫に対する疑念の念は消えていない。
(姫様、そんな表情では説得力ないです……)
能登守とお栄のやり取りを見ている満天姫の顔は、まるでゴミを見るような目つき。
能登守のダメダメさに相当呆れていらっしゃる。
だが、見ようによっては悪事がばれず、ほくそ笑んでいるようにも見える。
これが愛らしくニコニコしていれば、見る者の感情も変わってこようが、どこまでいっても悪役姫は誤解されるのだ。
「ふん。いいだろう。お栄がそこまで庇うのなら今回は追及をしない。今晩の月路の儀で出す料理。貴様はまともなものを作れるのだろうな。せいぜい、期待しようじゃないか」
そう言い残すと能登守は部屋を出ていった。どこか空回りしている坊ちゃんである。
(……大名のボンボンだから、気遣いというものを期待するのはいけないとは言っても……)
雪乃は満天姫を見る。
満天姫もきっと同じことを考えているのであろう。
右手の親指の爪を噛んでいる。いらいらしている時に見せる癖だ。
(料理対決に期待するとかいって、全然、お栄さんのこと考えていないじゃない)
お栄は人斬りのいざこざでせっかく手に入れた蛸を失っている。
その食材は留吉が斬られた拍子に地面に転がり、泥まみれ。今は境内に転がっていることだろう。
「どうしましょう……」
今晩の料理対決のことを思い出し、お栄もため息をついた。町に出たのに何も手に入れることができなかったのだ。
「お主は町人と聞く。その経験を生かして屋台の食べ物を出したらどうじゃ」
唐突に満天姫はそんなことを提案した。
「例えば、おでんなどはどうじゃ?」
町で食べ歩きした時におでんの屋台もあった。
江戸時代のおでんは現代のおでんとは違い、いわゆる田楽である。
具材を串にさしてお湯で茹でる。それにみそをつけて食べるのだ。
店によっては少し火であぶることもある。
「具材は大根とこんにゃくと豆腐でどうじゃ」
「……そうですね。そういう考えもあります」
お栄はヒントをもらって笑顔になった。問題は満天姫が提案した食材が手元にないことだ。
「心配するでない」
そういうと満天姫はコホンと咳ばらいを一つした。
「姫、ここに控えておりまする」
声が畳の下から聞こえてくる。有人である。
留吉を担ぎこんだ時にどさくさに紛れて姿を消した有人。
あまりに自然な態度であったので、能登守もお付きの侍たちも咎めることもしなかった。
きっと、通りがかりの百姓が助太刀したのだろう程度の認識なのだろう。
有人も忍び装束でなく、百姓の格好で手拭いで頬かむりしていたから、目立つ金髪も分からない。
「急ぎ、こんにゃくと豆腐を買って来るのじゃ」
「御意」
満天姫。甲賀者をパシリに使っている。
「これで今夜のくだらぬ趣向はしのげる」
そう満天姫はほほ笑んだが、そのほほえみは相変わらず黒い。
部屋にいた三女中もお栄付きのお新も背中に冷たいものが走った。
今晩の月路の儀でもきっと何かをやらかしそうだとみんな思ったのだ。
一人、雪乃だけは言いたいことをグッと我慢していた。
(満天姫様、お栄さんのことを心配するのはよいですけど……)
(私たちの料理は何を出すのですか!)
野菜やら鳥肉やらは仕入れたが、今晩作るものは決めていない。そして満天姫は全くやる気がない。
しかし、能登守が提案して大々的に執り行う今晩の趣向は、秋葉藩の正室を決める月路の儀の一環なのである。
参加しないことは無礼だと言われてお手打ちになる可能性がある。
と言うのも、『大江戸日記~春爛漫~』をやり込んだ雪乃には、お手打ちエンドにつながると分かっていたのだ。
(この展開、思い出したわ。普通にやれば悪役姫の満天姫がお栄に嫌がらせをするのだけど、お栄は機転を利かせてピンチを乗り切り、料理対決で勝利する)
満天姫はわざわざ北陸から取り寄せたブリを使ったぶり大根で勝負するが、無残にも負ける。
しかし、稀に満天姫が料理を出すことができず、しかも他の姫たちの妨害まで露見して能登守の怒りを買うという展開だ。
(但し、能登守に斬られるのではなく、料理を邪魔された姫たちの下女に(卑怯者)と罵られて斬られる展開だったと思う)
ゲームと今の状況が違いすぎて雪乃には今後の展開が読めないが、平穏にいきそうもないことは予見できた。
(とにかく、この材料を使って無難に課題をこなせばいい)
目立たないように切り抜ければ、お手打ちエンドにはなるまい。
満天姫は(大根おろしでも出しておけ)と言っていたが、そんなのを出したら、無難ではなくなる。
やる気がないと言われてお手打ちエンドになるかもしれない。
(幸い、町で仕入れた各種根菜類に鳥肉、卵もある……。これなら汁物、煮物なんでもできる)
雪乃はそう計算していた。




