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能登守、待ちわびる

 秋葉藩の屋敷の正門では、数人の侍と藩主の能登守がうろうろしていた。

 三十五万石の大名が屋敷の門前で人前に姿を晒すのは異常事態であるが、今は緊急事態である。

 お栄が姿を消したことを知ったのは二時間前。

 昼ご飯を食べて、お栄の顔を見ようとこの青年大名はお栄の部屋を尋ねた。

 すると部屋にいないことが判明。

 どうやら、月路の儀の料理対決で使う食材を買いに出てことが分かった。

 しかもそんな事態になったのは、満天姫が出入りの商人に売らないように工作をしたせいであることを知った。

 さらに近隣の店にもその悪事は及んでいたことも知った。

 その張本人も屋敷の外に出ているらしい。

 能登守としては悪い想像しかできない。

 つまり、そうやって町にお栄を誘い出し、満天姫が危害を加えるということだ。

 江戸の町へ出れば、満天姫の実家の赤坂藩から侍を派遣し、お栄に言いがかりをつけて切り捨てることもやりかねない。


「これはどういうことだ、満天」


 能登守は血みどろの町人の男を背負っている忍び装束の男と満天姫、お栄と雪乃を見つけてそう問いただした。

 セリフには怒りが込められている。

 しかし、満天姫はそれには答えない。


「藩医を呼べ。この男の傷を見てやってくれ」


 そう能登守に命令口調である。

 能登守は留吉を見る。

 少し嫌な顔をしたが、根は賢いのでお栄と関わりがあるのだろうと思ったようだ。


「その男は町人ではないか。まさか、満天、お前が斬ったのか?」

「何を言っているか馬鹿者め」

「な、なにを~っ」

「若様、私からもお願いします。留吉を助けてやってください」

 

 お栄が手を合わせてそう懇願する。

 これにはお栄に首ったけの能登守もわけが分からないけれども、格好を付けることになる。


「お栄、心配するな。余がこの男の命を救ってやるぞ。おい、すぐにこの男の手当てをしろ。医者を呼べ。刀傷じゃ。すぐに傷口を縫う必要がある」


 女絡みではないと優秀な男の能登守。すぐにそう侍たちに命令をした。


 満天姫の部屋。

 その上座に能登守が座っている。

 満天姫とお栄がその前に座り、雪乃はその背後にお栄付きの女中であるお新と共に座っている。

 留吉を屋敷へ担ぎ込み、傷の手当てを命じた能登守は、満天姫に詰問すると言って、部屋に乗り込んで来たのだ。

 ちなみに留吉は腕の良い藩医によって傷口を縫われ、一命は取りとめた。

 今は別室で寝ている。二、三日寝ていれば熱も引いて家に帰れるであろう。

 お栄はそのことを聞いてほっと胸をなでおろした。

 その後、この部屋へ呼ばれて能登守による事情聴取に呼ばれている。

 部屋の主は満天姫だが、屋敷の主は能登守だから、上座で偉そうにふんぞり返り、これから満天姫を懲らしめてやろうとしているのだ。


「それで満天よ。お前が出入りの商人に命じてお栄に食材を売らないように手を回したのだな」

「ちっ……」


 満天姫は舌打ちをする。

 それに反応して表情がますます曇る能登守。


(姫様、ここは冷静に潔白を証明してくださいよ~)

 心の中でそう叫ぶ雪乃。

 このままでは、怒りが頂点に達し、能登守にお手打ちにされるかもしれない。

 いや、あの辻切りに目にもとまらぬ速さで切り裂いた剣技をもつ満天姫だから、能登守に斬られるまえに反撃はできるだろうが、家来を呼ばれたらさすがの姫も切り殺されてしまうだろう。


「恐れながら……」


 雪乃が口火を切った。


「お栄様も言っていた通り、それは濡れ衣です。誰かが満天姫様を陥れようとしているのです」

「だれがそんなことをする?」

「現に満天姫様も食材が手に入らず、やむを得ず、外に出て買い求めに言ったのです」


 雪乃はそう説明する。

 正確に言うならば、満天姫はただ単に買い食いしたいだけであったが、雪乃が実際に食材を調達していたから説得力がある。

 そしてお栄も助け舟を出してくれる。

 自分が神社で人斬りに襲われた時に、偶然にも神社の境内にいた満天姫が助けに来てくれたこと。

 そして恐ろしい人斬りに天誅を下してくれたことを話す。


「若様、もし、満天姫様が私の邪魔をしようとなさるのなら、あの場面で危険を冒してまで助けてくれたでしょうか?」

「人斬りだと……今、江戸の町で話題の?」

「そうです。噂通り、鬼の面を被っていました。留吉によれば旗本のお殿様とのこと。満天姫様がいなければ私は殺されていました」


 そこまで惚れた女に言われては、能登守も引き下がるしかない。

 それに旗本が辻斬りであると言うのなら、そのうち奉行所や目付から問い合わせがあるだろう。


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