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雪乃、元凶じじいと出会う

(さて……どうするか?)

 

大江戸日記春爛漫では、主人公お栄サイドでプレイしていたから、悪役姫サイドの動きが分からない。

 しかも、自分は悪役姫の家来と言う役回りだからややこしい。


(お栄さん以外のライバルたちもそれぞれが足をひっぱりつつ、物語を展開していたと思う。満天姫の次に手強かったのは……)


 確か親戚の姫だったはずだと思い出した。従姉妹にあたる『香姫』はいわゆる妹キャラであるから、主人公を小姑的ないやらしさで妨害してきた。

 しかも、少しヤンデレが入っていて、最後は電波キャラに堕ちて、若様から嫌われて遠ざけられるという役回りであった。


(となると、香姫はそのうち自爆すると……)

 

 公家のお姫様は人畜無害でなぜか主人公と友達になり、いろいろと支援を行うお助けキャラになっていた。

 世間を知らなさそうなお公家のお姫様だ。平民娘の健気さに心を打たれ、自ら身を引く好感度の高い役割であった。

 そして先ほど同盟の話をもってきた旗本のお姫様。彼女自身は健康的ないい奴キャラ。但し、お付きの女官たちが優秀で何とか側室枠にねじりこもうとしていた。

 

 だから、主人公お栄にとっては、この周りの女中が敵であった。ゲーム内ではモブ扱いだったので名前があったとは知らなかったが、澄姫側で要警戒なのは、このお駒ということになる。


(こちらは満天姫様を無事に出戻りにすればいいわけで、この4人で正室争いをしていただく。どう巻き込まれないかだけを考えればいい……)


 満天姫も能登守との結婚は考えてないみたいだから、うまく距離をおけば雪乃の任務は完了となる。満天姫の態度がゲームと著しく違うことが気になるが、雪乃は現実を優先することにした。


(にしても……眠い……)


 満天姫の後ろで控えて能楽を見るのも飽きた。最初は厳かな謡と雅な舞いに目を奪われたが、心が現代っ子の雪乃にはあまり面白いと思わなかった。

 そうなると眠気が来る。足の痺れも気になるから寝落ちはしないが、早く終わらないかなと心の中で何度もつぶやいていた。

 やがて鼓と笛の音が鳴り止み、演者が次々と舞台の周りにかしこまる。みんな面を付けたままである。

 どうやら終わったようだ。これで月路の儀の一日目が終わったと雪乃がホッとした時、舞台正面で観劇していたご隠居様が急に立ち上がった。


「心洗われる能の舞い。感服であった。どうじゃろう。ここで嫁御候補に花を添えてもらっては」


 ご隠居様は先々代の藩主。松平氏家である。隠居してすでに三十年は経っているが今も健在。 

 病弱な先代の藩主に代わって藩政に影響を与え、今でも秋葉藩の実質的実権を握っているとされる。


(あのじじいが満天姫様を嫁候補にした元凶)


 昨日の能登守の話では、このご隠居様の強い推挙があって満天姫はこの家の正室候補となったらしい。

 雪乃にとっては、このじいさんのせいでこの面倒な仕事を請け負うことになったから、よい感情はもてない。

 その元凶じいさんがとんでもないことを提案した。


「五人の嫁候補にここで何か余興をしてもらおう」

「おじい様、そんな急に言われても姫たちも困るでしょう……」


 そう能登守が慌てて止める。月路の儀にこんなことは含まれていない。能楽を見る会を催すことで、互いの顔を知り、これから1年間の花嫁修業のスタートを切る機会なのだ。


「何を言うか。月路の儀の初日は、花嫁の人なりを知る日である。能の後に何を披露するかでその者の人間性が分かると言うもの。そうじゃろう、大善よ」


 そう言って振り返った先は秋葉藩の筆頭家老五木大善。この月路の儀の総責任者である。

 実質、政務を行っている藩の有力者であるが、ご隠居には逆らえない。というより、この五十過ぎの五木大善はご隠居様の忠実な犬であった。


「ご隠居様のお言葉、誠に恐悦しごく。若様。ここはご隠居様のご提案通り、姫様たちに何かをしていただきましょう」


 そういうとパンパンと手を叩く。すると木箱を捧げた侍が前に進んできた。


「くじを用意させていただきました。これより順番に呼ばれた姫様から、即興で舞台にて芸妓を披露していただきます」

(……この手際の良さ。ご隠居様の気まぐれではないわ……これは最初から計画されていたこと)


 雪乃はこれから即興で何かやらされる五人の嫁候補の様子を伺う。

 後ろからなので表情が全て分かるわけではないが、二人を除いてそんなに慌てている様子はない。

 慌てている二人は傍目にも分かった。

 一人は燈子姫。

 先ほどまで静か過ぎるくらいで微動だにしなかったのに、今はそわそわしてしきりに扇で口元を隠しながら、後ろの直属の女中に何やら話している。

 そしてもう一人は顔が蒼白で少し震えている。

 八百屋の看板娘、お栄である。


(なるほど……。ご隠居様は最初に一番気に入らない平民の娘を除外しにきたってわけね)


 後の四人はお姫様教育を受けている。舞なり、琴や笛などの奏楽、歌など何か披露できるものをもっている。

 もってないのは平民の娘のみ。あの舞台に上がり、百名以上の観客がいる中で、お栄が感心させるような芸をすることは不可能と言っていい。


(能登守、何でもいいから止めろ!)

 

 そう考え、助け船を唯一出せる立場の能登守を見たがそういう素振りでもない。

 はて、これはどういうことかと雪乃は首を傾げた。


(まさかと思うけど能登守……お栄さんが何かできると思っている?)

 

 雪乃はそう考えた。女子たるもの踊りや楽器の演奏等、何か文化的な芸事がだれでもできると思っていそうだ。

 生まれてから、大名の子息で育った若様ならそう考えてもおかしくはない。


(あ~これだからお坊ちゃまは……)


 このままではお栄が赤っ恥をかく。

 いや、ご隠居様はそれを狙ってのこの無茶ぶりなのだろう。


「それでは一番目……」


 五木大善が箱から木札を取り出す。


「後藤家息女、お澄殿」


 旗本大番頭の姫、お澄が指名された。

 お澄は微笑みながら、鼓を所望し手に取った。どうやら鼓を嗜むようだ。

 そしてひょいと慣れた手つきで肩に担ぐと、器用に叩き始めた。その音は先ほどの能楽に匹敵し、その腕が尋常でないことを示す。


「さすが、旗本筆頭のご息女。勇ましき音色は武家にふさわしい」


 パンパンと叩いて褒めたのは御隠居様。

 それに追従するように家来衆も拍手を贈る。

 普通に上手だと感じたから、雪乃も拍手をする。

 お付きのお駒はこの状況に満足そうに頷く。

 自分の仕える主君の優秀さに鼻高々である。


「それでは次……」 


 五木大善が木箱に手を入れる。満天姫が選ばれる確率は四分の一.もし、満天姫が選ばれたら、一体何を披露するのか雪乃には分からなかった。


(まあ、大名の姫様なのだから、芸能技は何かあるとは思うけど……)


 ゲームでは満天姫が芸事に通じているというエピソードはなかったから、満天姫が得意なものは分からない。


「香姫様」


 筆頭家老がそう呼んだのは、松平能登守の従姉妹に当たる姫。一番年下の十五歳の姫だ。

 香姫は臆せず、舞台に上がると竹笛を取り出した。自分の愛用品らしく、袂に忍ばせていたらしい。


(香姫様はご一門の姫……。ご隠居が宴の最後にこういう無茶ぶりをすることを事前に知らされていたのかもしれない)


 雪乃がそう疑うのも仕方がない。先ほどの澄姫の場合は、彼女本来の度胸が影響したが、香姫の場合はそういう感じがしない。

 なんとなくできレースのようだ。一番若い香姫が落ち着いて笛を披露すると、予想していたかのように一族から大きな拍手が沸き起こった。


(どうやら、能登守様のご親戚一同は香姫様推しのようね)

「それでは三人目を選びまする……」


 五木大善が三回目のくじを引く。

 そして選んだのは『満天』と墨で濃く書かれた木の札であった。


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