雪乃、ライバルと相まみえる
月路の儀の初夜には、嫁候補が一堂に会する場がある。関係者一同が顔を合わせる数少ない機会だ。
中庭に儲けられた舞台で能楽を見ながら、互いに会話を楽しみ、親交を深めるのである。
中庭の中央に舞台。その正面に嫁を迎える若様。
その隣には御生母様と祖父である御隠居様。ずらりと秋葉藩の藩主一族が並ぶ。
その右側の列が花嫁候補の席である。
ずらりと横並びで後ろにそれぞれ実家から連れて来た女官が座る。
その対面には藩の重鎮たちが座る。
料理や酒が振舞われ、陽気な宴が行われるのだ。
まずは正室候補の名乗りで席に着くところから始まる。
名前を呼ばれる順番はそれぞれの出身の家柄の格により、それぞれ異なった色の打掛姿で登場することになる。
この打掛はそれぞれの実家があつらえることになっており、作るのにかなりの費用がかかる、
最初に呼ばれたのは公家のお姫様。従三位中納言の位にある鷹司家のお姫様。名前は燈子姫。
年は十八歳。
お公家様のお姫様ということで、色白の肌によく映える青色の打掛を着ており上品な、佇まいである。
ただ、見知らぬ男に顔を晒すことを良しとしない公家のお姫様らしく、前には御簾が置かれている。
雪乃たちの方からは顔は見えるが、家来衆や若様の一族は御簾ごしにしか姿が確認できないだろう。
本人も扇で常に口元を隠しており、雪乃たち女中でもまともにご尊顔を拝することはできない。こういうところは武家との違いを際立たせている。
次は赤坂藩三万石のお姫様の満天姫。赤を基調とした躍動感ある姿と美人だが気の強そうな顔立ち。何よりも姫なのに手に刀を握っているのが異様。満天姫を見た途端に対面のご家来衆が騒がしくなった。
帯刀した姫君は見たことがない。噂には聞いていたとはいえ、実物を見るのは初めてであろう。
三番目は大番頭の娘、澄姫。
大番頭とは将軍家に仕える旗本の中の筆頭である。
戦になれば将軍の近くに控え、他の旗本を下知する頭である。
お澄は幕府より五千石を賜る後藤家の長女である。
利発そうな顔立ちで肉付きもよく、嫁げばたくさんの子宝に恵まれそうな雰囲気を誰もが感じた。年は十七歳。
橙色の打掛を着ている。
四番目は藩主の従姉妹にあたる香姫。藩主能登守の叔母にあたる方の娘である。
秋葉藩が三十五万石もあるので、お香の父親の禄高は一万五千石と大名相当である。
よって、育ちの良さが顔に出ていると言った感じのお姫様である。
一族だけあって、顔はどことなく能登守と似ている感じがある。
こちらは黄色の目立つ打掛。十五歳という最年少らしい色の着物である。
五番目が江戸の小石川界隈で八百屋を営む八兵衛が娘、
お栄。
十六歳の看板娘である。
能登守がお忍びで江戸の町に出た時に偶然知り合い、見染めただけあって、かなりの美少女である。
こちらは恐らく能登守が用意したものであろう。緑色の打掛はかなり値の張る物と思われた。
(さすがは主人公。この中では身分は平民。最下位だけど、それをハンデにさせない、正当なるヒロインの顔だわ~)
雪乃はそう嘆息した。それはこの場にいる者はみんな思ったであろう。
お栄を見てざわざわとしてきた。
お栄は十六歳の八百屋の娘。
このような場で高級な着物を着て歩く経験もなく、ぎこちない動作で今にも転びそうであった。
それがいかにも初々しく映るのはヒロイン補正。もう能登守はロックオン状態で、四人の身分ある姫よりもお栄の方に釘付けである。
ただ月路の儀に参加とはいえ、身分は平民。
この中では最も正室に遠いことは間違いない。
八百屋の娘でしかないお栄には、実家の財力も家柄も人脈もない。
あるのは若様である能登守の愛情のみである。
能登守の経済的支援を受けねば、月路の儀で必要なものは揃えられないだろう。
(でもこの状況で落としていくのよね~)
プレーヤーとしてお栄をやり込んだ雪乃としては複雑な心境である。
常にハッピーエンドに身を置く主人公をただ見ているモブ役が今の雪乃の立場なのである。
(しかも悪役姫の家来だし……)
雪乃は満天姫の後ろに控える。右隣はお公家様の燈子姫の女中。左隣は旗本のお澄様の女中である。
「ねえ、あなた……満天姫様のご祐筆よね」
隣に座っている旗本の姫の女中が声をかけてきた。
「はい、そうですが……」
雪乃は警戒する。
両隣の姫様とその家来の女中も、うまく対応しないとお手打ちフラグにかかってくるからだ。 これはゲームをやりこんだ雪乃の勘である。
「私は澄姫様の女中頭の駒。お見知りおきを」
そう短く自己紹介をしてきた。30代前半にみえる女性である。
後藤家譜代の家来の娘か年齢から考えれば奥方と言うところであろうか。
「私は雪乃と言います」
雪乃も手短に答える。クスリと笑ったお駒は袖で口元を隠し、そっと雪乃の方に身をよじった。
「雪乃さんは随分と若いですが、ご祐筆とは能力を見込まれてのことでしょうね」
そう値踏みするように聞く。
目の前の舞台では能楽の演舞が始まり、空気がピンと張った緊張感が続いている。ただ、笛や鼓の響きが私語を包み隠している。
「お互いに使える主君を正室にするのが使命。どうでしょうか。私どもと共闘しませんか?」
(……この人の狙いは何?)
雪乃はそう考えた。五人いる候補のうち、正室は一人である。共闘する意味がない。
(あるとすれば……)
「家柄からすれば、公家の姫様か満天姫様が正室でしょう。当方はそれで結構です。澄姫様は側室で十分です」
お駒の大胆発言に思わず目を合わせてしまう雪乃。これは正室を狙っているのなら悪い話ではない。
だが、雪乃が矢部和泉守から命じられたのは、満天姫が正室にも側室にもならず、無事実家へ出戻るというものだ。
同盟を結んで姫が正室になってしまったら、責任を感じて雪乃の父が切腹してしまうかもしれない。
だからといって、雪乃の一存で断ることもできない。そもそも満天姫自身の気持ちは分からないし、自分が和泉守に命じられたことを姫が知っているかどうかも分からない。
昨日の若様とのやり取りを見る限り、満天姫も嫁になる気はなさそうだが、それも本心かどうかは分からない。
意外とああやって嫌いな振りをしているが、実は好きでしたなんてケースは、乙女ゲー、ギャルゲーでは定番であるからだ。
「それはとても魅力的なお申し出でございます。姫様と相談しまして、いずれお返事を差し上げます」
雪乃はそうお駒に答えた。
回答としては完璧だろう。お駒もそういう答えを待っていたようで、微笑みながら座り直した。




