第六十九話 会場崩壊
「キャァ!!」
「逃げろー!」
「何だあれっ、何でドラゴンが野放しになってるんだ!」
「ちょ、押すなって」
ステージ脇で、壁を崩しながら巨体を無理やり会場へねじ込もうとしてくるドラゴン。
私を拘束し見張っていた者は慌てて逃げ出し、司会を務めていた人間もいつの間にか姿を消していた。
「シロナ!!」
観客席にいたルークはすぐ立ち上がり私の元へ駆け寄ろうとするが、天井に入ったヒビが更に広がって崩れ始めていたのを一早く察知したレヴォルが、頭に血が上っているルークを止めに入る。
「ルーク君ダメだよ!早くここから出ないとオレ達ぺしゃんこだよ?!」
「黙れ、アイツを見殺しにするつもりか」
言葉では全く止められそうにない。
今にも降り注ぐ岩の中へ飛び込んでしまいそうな勢いだ。
仕方なく、レヴォルは力尽くで彼を止める事を選択をし、背中から腕を回し身動きが取れないようにした。
ルークは暴れたが、振り払われないよう必死に押さえ込む。
「オレ達が死んだら元も子もないでしょっ! 後、シロナちゃんならきっと大丈夫だから!」
「レヴォル離せ!!」
小さな破片が天井からパラパラと落ちてくる。
次の瞬間、ステージと観客席の間に落雷したかのようなを衝撃音を鳴らして、大きな瓦礫が大量に崩れ落ちて来た。
会場内は煙が蔓延し、完全にステージは孤立状態。
間に合わなかった。
シロナの状況は?無事なのか?
そんな不安が次々と頭の中に溢れ、ルークは血相変えステージだった場所にシロナの名を叫ぶ。
★
崩れた向こう側でただ一人残されたシロナは、枷をされているので身動きが取れず、おまけに沈静薬も打たれていたので完全に逃げ遅れてしまっていた。
どうしよう。逃げ道が⋯!
それに⋯⋯、足が動かない⋯っ
ドラゴンが声を上げるたびに、空気が振動して地面や床が揺れる。
バランスを崩した私はよろけてしまい、ぺたん、と座りこけてしまった。
「しまった⋯っ!」
のしのしと近づいてくるドラゴン。
大きな足が私のすぐ側で止まり灼眼のギラついた瞳がジッと私を見つめてくる。
もしかして、私を食べる気なのか⋯?!
「いいい、言っとくが私は美味しくないぞ!?」
ギュッと目を閉じて恐怖を消そうとしたが、しばらく間があいても何も起きない。
不思議に思い、ゆっくり目蓋を持ち上げると、ドラゴンは静かにそこに立っているだけだった。
「⋯え?」
恐怖でしっかりその姿を見ていなかった私は、ドラゴンの容姿をいま一度目を見開いて確認した。
輝く白い毛並みに、光沢のある茶色い角。そして深く鮮やかな赤の瞳。
どれも見覚えのある面影だった。
しかし、私の知っている姿とはだいぶ大きさが違う、脳裏に浮かぶあの子の姿。
唾をゴクリと音を鳴らし飲み込む。
確信は無い。
それでも何となく感じるこの共鳴感。
私の中のモノがこの竜からも微かに伝わる感覚。
頭ではそんなわけないと思っても、これが本能というものなのだろうか⋯⋯それが強く訴えかけてくるのだ。
目の前にいるドラゴンは・・・・
「コハク………?」
ピクッと顔の筋肉を動かすと、私の呼ぶ声に反応した白竜は大きな雄叫びを響かせ、背中の大きな翼をめいいっぱい広げ飛び立つ準備態勢に入る。
ビュオッ!
と、凄まじい強風が埃っぽい空気を巻き込んで駆け抜けた。
「!!」
そして、コハクが放った強風をもろに受けてしまった私は、気がつくと一瞬で空中に浮いていた。
重りなど全く意味を果たさない。それはそれは簡単に飛ばされてしまったのだ。
あ、やばい。
細かいヒビが入っているのが分かるくらいすごい天井に近い。
これ、かなりの高さがあるんじゃないか?
ということは、このまま落ちたら………私は………
今起こっている現状に頭が追いつかず、呆然としたままの私は空中を泳ぎ、重力に従って地面に叩きつけられるのを待つしかなかったのだが…………
ふわっ・・・と温かくてもふもふした柔らかいクッションに包まれた。
痛みを感じないどころかすごく気持ち良くて家のベッドよりも寝心地のいい感触に身体全体を覆い込む。
もふもふを掴み、顔を上げると白い綿毛が一面に広がっているような光景で、上半身を持ち上げてもっと周りを確認しようとしたら頭の中に声が流れて来た。
「《動かないで、振り落としちゃうから》」
聞いたことの無い声。
頭に直接語りかけられる感じは、ロギとの会話と似ていたが、それよりも一番似ている感覚…というより全く一緒の感覚を私はさっき体験している。
あの時・・・
緋竜のシャルと名乗る竜と話した、あの時と同じ。つまりこの声は、コハクの声!
「コハク!?」
「《口を閉じてて。 舌噛んじゃうよ》」
その忠告後。
コハクは背中を反らせると魔力を集中させ、口から一気に放出した。
この魔法は一度闘技場で見たことがある。辺り一面を氷漬けにした氷結魔法だ。
魔法を天井一点を狙いを定めて放つが、前に使った魔法とは少し違う。
一点に集中させた氷の太い槍を天井に突き刺したのだ。そして氷の柱は地面を突き破って地上へとそびえ上がり、地上に到達したところで氷は砕け散る。
地上まで達したことで、陽が差し込んでステージに山吹色のスポットライトが照らされた。
突然の明かりに、思わずギュッと目を閉じるが、その光はあたたかく、安心したのか心が少し楽になった。
コハクは氷結魔法を使って脱出路の確保に成功。
しかし、氷が砕けたことで作ったトンネルは崩れ始める。
穴が塞がる前にこのトンネルを抜けなければならない。スピード勝負だ。
「《しっかり掴まって!》」
声をかけると勢いよく飛び立ち、翼を畳んで、狭いトンネルを最初の飛力のみで地上に向かって飛び上がっていく。
私は、受ける風をなるべく受け流すために態勢を低くしてコハクにしがみついた。
振り落とされないようにするのに必死で、目も薄めにしか開けられない。
砕けた小さな小さな氷の粒が頬に当たるけど、冷たさは感じず、コハクの魔力を直接この身に流れ込んでいるよう。
私が助ける。
それが当たり前で、私の使命なんだと勝手に思い込んでいたけど・・・それは違っていて、
君を助けたい。そう思っていたのは私だけじゃなかった。
いつの間にかコハクは守られるだけじゃなく、私を光に連れ出してくれる存在になっていたんだ。
コハクは私を心のどこかで恨んでいるんじゃないか。人間である私を許せないんじゃないか。
だからこれは償いで、私がコハクを守らないと………なんて考えていたけど、それは必要なかったんだな。
優しくてあたたかな氷は、私に対する、コハクの想いなんだ。
光が強くなり出口が近くなる。
何とか狭い穴を抜け、地上に勢いよくそのまま大空へと飛び上がった。
窮屈に畳んでいた翼を待っていましたと言わんばかりにバッと開くと、夕焼け色に染まった空を風を切り気持ち良く飛ぶコハク。
前まで私が肩に乗せていたのに、今は私がコハクの背中に乗っている。
少し不思議な気持ちになったけど、今までと変わらない、いい匂いの毛並みに顔を埋めて言った。
「ありがとうな……コハク」
その思いはしっかり伝わったのだろう。
先端がもふもふの長い尻尾が、フリフリと左右に嬉しそうに振っていた。




