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灰色ノ魔女  作者: マメ電9
第三章 隣国 ユスティーツ編
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第六十八話 コハクの思い

振りかざされた大きな尻尾は、槍を持った男を簡単に檻の外へとなぎ払ってしまった。

宙を舞う男。

勢いが良すぎてか、男は端に積まれた荷物に突っ込んだ衝撃で持ち物が散乱し、地面に落ちた鍵だけをヒョイっと尻尾で掴んでコハクの方へと投げる。


檻から出来る限り口を押し込み出し、なんとかキャッチすると、緋竜は鋭い目付きをしていながら口元は柔らかく、にっと微笑すると僕に向かって彼は、



『上手くやりなよ』



とだけ言い残して、檻から脱出した緋竜は敵を引き付けるために更に暴れ回った。その瞳はもう、先程までの光のない眼では無くなっている。


こくん、と肯いた僕は、その隙に受け取った鍵を使って檻から出た。

緋竜が作ってくれた突破口だ。絶対に無駄にする訳にはいかない!


ここから出られたら、必ず僕とシロナで君を助けにくるから⋯⋯待っててね!




決意を固め、足に力を込めて勢いよく飛び出した。





すぐそこにシロナがいる。


僕がステージで暴れて競売会場を混乱させ、その隙にシロナを逃す。

きっと、今の僕に出来ることはこれが精一杯。

僕が身代わりになってでも、シロナのことは絶対に⋯⋯僕が!!




必死に走るコハク。



あともう少しでステージへのカーテンを潜る。

その時、大きな手がコハクの視界を遮り、そのまま床に強く押さえつけられてしまった。


「グ⋯⋯ッ?!」


何だ?!

何が起きた?!


頭も手で押さえつけられ動かせないため、目線だけを上げると、そこには数秒前に緋竜に吹っ飛ばされていた男が、フンフンと鼻息を荒くしてコハクを睨み下ろしていた。


「はぁはぁ、逃げようたってそうはいかねぇぜチビ助よぉ⋯⋯。お前は今回高値取引される希少な竜の子供なんだからな?」


「⋯⋯ッ」



押さえ込まれているコハクの姿を目の端に入れた緋竜は叫ぶ。


『ちび助!!』








人間なんて大嫌い







⋯そう昔は思っていた。



お母さんや仲間達を素材が欲しいがために傷つけてくる存在。


僕たちの脅威、天敵、仇。


それ以外の何でもない。




そしてその思いは一層強くなってしまう。





あの日。



突然人間が襲いかかって来た日。




お母さんが血を流した。



目蓋に焼き付いて離れない光景。




僕を庇ったせいで⋯⋯。







憎い。





人間が憎い。





人間なんて僕がみんな殺してやる。


殺してやる!!




気を失った後も、何度も夢の中でお母さんが死ぬ。

僕を包んでくれている温もりがどんどん失われて、次第に冷たくなっていくあの感覚。


命の火が消え去っていく感覚。




そんな中目覚めてすぐ視界に飛び込んできたのは、あれほど憎み、殺すと恨んだ仇。


人間がいた。


パニックに陥った僕は、その人間の手に噛み付いた。それはもう思いっきり。引きちぎってやろうって思いで。



それなのに⋯⋯それなのに人間は⋯彼女は僕を殺さなかった。


僕を何とかお母さんに会わせてくれようとしてくれた。


僕の命を、助けようとしてくれた。


彼女の方が、今にも死にたいと言いたげな疲れた表情をしていたのに。


僕のために大粒の涙を流して喜んでくれた。


あの日の言葉は今でもちゃんと覚えている。


『この子を、死なせたくない!』

『おチビ!⋯⋯良かった⋯ホントに⋯良かった』



シロナは僕に、命をくれたんだ。




────⋯⋯⋯嫌。


嫌だよ⋯⋯!


あと少しなのに、もう少しで届くのに。すぐそこにシロナが待ってるのに⋯!


こんなところで⋯⋯!


こんなところでッ!!



力を振り絞り、何とか男の手から逃れようとジタバタしてみせたが、完璧に力負けで相手はびくともしない。

むしろ、こちらを見て薄ら笑いを浮かべていた。


「鬱陶しい、トカゲ風情が⋯⋯大人しく観念しやがれ」



特殊な枷のせいで、魔力も練れず、体力もなくなりかけ、もうダメだと思った⋯──が、

黒い何かが⋯。


体の奥底に眠っていた別の魔力が、ズルズルと這い出て精神世界の僕に纏わりついて突然僕に語りかけてくる。



《んなもんかよ、だらしねぇ野郎だなテメェ》



ソレは、聞き覚えのある低い声だった。



⋯?



この感覚は⋯⋯⋯



《クソ雑魚のテメェにシロナは任せらんねぇ⋯⋯魔力が使えねぇなら俺の残りカスでもくれてやる。ちったーアイツの役に立ちやがれ》



闇精霊?



黒い靄はコハクを包み込み、押さえつけられていた蓋を一気に溢れ出た魔力が吹き飛ばすような感覚に襲われ。

その影響は実体にも大きく変化をもたらしていた。



「な?!ななな、何だこりゃあ!?」


拘束していた竜から突如黒い靄が漏れ出し、男はその光景に驚きを隠せずバランスを崩して床に尻をついた。

次第に靄は一層勢いを増し濃くなり、コハクの周りを漂う。

その漂う靄の正体は超濃縮された魔力で、吹き出ていた靄がコハクの体に再吸収されていく。


何が起こっているのか?

男には全く理解できず、開いた口が塞がらないのか口元に手を持っていき、ただじっと見ることしか出来ないでいる。


「グ、グググ⋯⋯ッ」


ただの小さいトカゲを見ていた男の視線は、下からどんどん上がっていき、最終的には見下げていたのに立場は逆転し、さっきまで小さかったはずのソレは、頭の大きな角を追加で二本増やし、長く太い足に大きな翼を広げて、灼眼の瞳をギラつかせ男を見下ろしていた。


「ば⋯っ、化け物!ヒィッ」


体が大きくなったことで、付けられていた枷は耐えられず、粉々に粉砕し地面にガラガラと音を立てて落ちる。その破片が男の頭上に降りかかって来たので、男は必死になってコハクから尻尾を巻いて逃げ出した。



「グルルルル」


口元から息が漏れて白くもやがかる。

突然真っ白な毛並みの竜が現れたことで、緋竜を捉えようと追いかけ回していた関係者達も慌てふためく。


全く眼中にもしてもらえなかったのが一変。

この場での脅威は緋竜では無く、体が大きくなったコハクへと急激に傾き、誰も予期しなかった状況に、ステージ脇は大騒動となった。




僕が⋯⋯




俺が⋯⋯!





絶対に⋯⋯俺がシロナを!!


護る!!!!




「ギュアアアアアアアアア!!!!」



気高く咆哮する白竜の衝撃波並みの声は、会場中に駆け抜け、空気を伝った大音響は会場の天井や壁にヒビを入れた。


挿絵(By みてみん)

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