第六十三話 囚われの緋竜
……ここは…どこだ?
頭が痛い……っ、ズキズキする。
そうだ、あの時思いっきり殴られて………
私はうつ伏せの状態で床に倒れていて、重たい目蓋を持ち上げると、目の前は暗闇で広がっていた。
体は何故か鉛のように重く、両手両足には枷で鎖に繋がれており、鎖の先には、黒く燻んだ丸い鉄球が転がっている。
「ロギ、起きてるか?」
「《────》」
「………?ロギ?」
呼び掛けても応答してこない。もしかしてこの鎖、何か魔法がかかってるのか?
ギルドでもそうだったけど、魔力遮断的なものか?
仕方ない…この枷を外せるまで、ロギには頼らず自分で何とかするしか無いな。
とりあえず、私の持ち物は………
あぁ、やっぱりか
ベルトや鞄、短剣が取られてしまっている。
もちろん、右手首にはめてあった魔具も無い。
腕は背中側で拘束されていたので、起き上がるのに手が使えないから仕方なく顔を地面に押し付けて体を起こす。
壁にもたれ掛かりやっとのことで座ると、ようやく暗さにも慣れてきたのか、周りの状況を把握する事ができた。
「なんだ……これ……?」
私が入っている牢とは別に、沢山の檻が無数に積み上げられている光景が目に飛び込んできた。
その中に入っているのは、殆どが人間ではなく、魔物や魔獣が大半。
見た事のない凶暴そうな魔獣達が、檻から出ようと必死に暴れ回り、鉄格子に体当たりしたり噛み付いたりしている。
「お願いだ!誰か、ここから出してくれ!」と助けを呼ぶ魔物。中には、ぐったりして全く動く気配のない者も………。
無数の悲痛な鳴き声が、この空間を埋め尽くしていた。
「酷い。何でこんなに沢山の魔獣や魔物が……そうだコハク!コハクを探さないと!!」
なんとか立ち上がって扉の前まで歩き、鉄格子の扉をガチャガチャと音を立てぬよう開けようとするが、全くビクともしない。
まぁ、こんな事で開くとは到底思って無い……。
「けど、絶対助けに行くからな!」
私は、扉から数メートル離れて上半身を丸めた。
ここでじっとしてる訳にはいかない。何とかしてここから脱出しないと……!
思いっきり助走をつけて体当たりすれば、鍵が壊れるかもしれない。
多分凄く痛いだろうけど、もし壊れなくても暴れている音を聞きつけて、誰かが来るかも。
その時隙を突いて鍵を奪う!
それしか方法はない……や、やるぞ、私は!!
私は、やれば出来る子だ!
足に力を込めて、今まさに走り出そうとしたその時。
「《そんな事をしても無駄だよ、お前はもうここに居る時点でお終いだ》」
突然頭の中に声が流れ込んできた。
それも直接。これはもしかして、テレパシー?
「!!、だ、誰だ?!」
その声は、声変わりもまだきていない少年のようで、どこと無くこのテレパシーの伝わる感覚がコハクのお母さんとやりとりした感覚に似ている。
視線を感じる方角は私の居る牢の向側からだった。
縦横幅が5mを超える大きな牢の中にソレは居た。
奥の方にいたので影になってよく見えなかったが、自分からのそりのそりと前に移動してくる。それで漸く何かが分かった。
「朱い……竜?」
木の板でできた天井からの隙間灯りが、丁度その竜に差し込む。
ゴツゴツとした朱い鱗。鋭い牙と爪。頭からは二本の黒色角。折畳められた翼。長い尻尾の先には黒い突起が三本ついている。
あんな尻尾を振り回されたらひとたまりもない。
けど、今はそんな心配は不要だ。その緋竜もまた私と同じように鎖で繋がれており、好きに身動きが取れない状態。
いつから捕まっているのか知らないけど、私に向けている瞳に光はなく、何もかも諦めてしまったような希望の無い目をしていた。
「《このボクでも壊せなかったんだ、お前のような貧弱な人間に壊せる筈がないよ。諦めろ》」
「……なぁ、あんたはどうして捕まったんだ?ここはどこだ?私はこれからどうなる?」
「《お前、何も知らないのか?競売にかけられるんだよ……ボク達は彼奴らにとってただの商品だからさ》」
「競売?商品?誰がそんな……何の為に………」
「《ボクが知る訳ないだろ、奴隷にされるかペットにされるのか、観賞用にされるのか……それはボク達を買う貴族や悪人どもの勝手だ。ボク達は何も選ぶ権利は無い。家出をしてこんな事になるなんて……ついてないな》」
「そんなの……っ、なら尚更ここから早く逃げないと!!あんたコハクを、白いドラゴンを見なかったか?!まだ小さい子供だっ」
身を乗り出し声を荒げてしまった。
奴隷にされるなんて、そんなの絶対に嫌だ!コハクはまだ小さいし、私から離れたら死んでしまう!
競売に出されて、誰か知らないヒトに連れてかれてしまったらお終いだ。
時間がない。
一刻も早く助け出さないと………!!
「《白竜か。見たよ、数刻前に奥の方に運ばれて行った。緋竜より白竜は珍しいドラゴンだ。だから高く取引されるとかって言ってたよ……それも今晩》」
「こ、今晩?!それじゃぁ時間が残り少ない……!くそっ、この檻さえ壊せればっ」
信じ難い事実を突きつけられ、焦りと不安が私を襲った。
恐らく、夜まで時間はあまりない。ぐずぐずしてると手遅れになる。
ドン!ドン!と鉄格子に体当たりするが、全く扉は開く気配がない。
それを見て緋竜は呆れて言った。
「《その檻には強力な魔力結界が張られている。ここから出られるのは競売場に連れて行かれる時だけ、そして誰かに買ってもらう時しか外には出られない。逃げ場なんてないんだよ》」
注告をされるも、体当たりを止めない私に緋竜は苛つき、怒鳴り出した。
「《何で諦めない!何で頑張る!そんな事をしても無駄だと言っているのに、どうして止めない?!ここから逃げることも出来ないし、助けもこない。諦めるしかないんだよ!》
分かってる。こんな事をしてもこの扉は壊せないだろうし、出れたとしても逃げ道も分からないから捕まるのも目に見えている。
でも……そうだとしても……!
「私だけの物じゃないんだこの命は。絶対見捨てるわけにはいかない、助けは必ずルークが来てくれる!だからそれまで何とか私がコハクを守らないといけないんだ。ここで諦めるわけにはいかない!!」
「《………お前…人間のクセにいい奴だね。名前は?》」
「え?えっと、シロナだけど……」
「《シロナ。ボクは火山国から来た緋竜のシャル、シャルバートリアだ》」
「ク、クラカーノだって?!」
驚いた。
そりゃだって驚くよ!
この緋竜が言った国の名前。そこは魔軍騎士団の支部があるところで、私達が次に目指す国だったからだ。
もしかして、このシャルとかいう緋竜……支部長のことも知ってるんじゃないのか……?
「なぁシャル!あんたクラカーノ支部長を知って……──っ」
確かめようと思ったその時。
黒いローブを纏った体のゴツい男が二人やってきて、私達の牢の前で止まった。
「おーやおや、お目覚めかなお嬢さん?さ、ここから出てもらおうか」
「な、何だあんたら……やっやめろ!何するんだ!」
扉を開け中に入ってくると、袋の布を私の頭に被せてきた。
必死に抵抗するも全く歯が立たず、簡単に押さえ込まれてしまう。
「こら大人しくしろ。これからお前は大舞台に出るんだからなぁ!喜べぇ、きっと高値で買ってくれるだろうからなぁ。礼を言うんだぞ?新しいご主人様になぁ……ゲハハハハハハ!!」




