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昨日あの後、あたしはだんまりを決め込んだ。そのまま終了まで、壁際で将軍につかまってた。こっちをチラチラ見てたお貴族様は、全員将軍に睨まれてどっか行ったけど。
んでも、昨日の今日だから、将軍とはメッチャ顔を合わせづらくって。でも、宿舎に閉じこもってんのも嫌で、何となーく外に出てみた。
外っていっても、宿舎の近くか、お城の表側だけ。裏に回ると、騎士様たちに見つかるかもしんないから。
のそのそ、宿舎からお城の正面に回ってみる。向こうから、鎧着た人が近づいてくるのが見えた。
騎士様の訓練、まだ終わる時間じゃないけど……ひょっとして、休憩? でも、今まで、休憩中に中庭から出てった騎士様なんて、いかなったのに。
で、よーくよく見てみたら、知らない騎士様だった。……ううん、顔は見覚えある。あの人多分、昨日、リディをエスコートしてた騎士様だ。
騎士様もあたしに気がついたみたい。ニコッと笑って手をあげて、おいでおいで、って感じでちょいちょい手招きしてきた。
ちょこっと考えたけど、騎士様だし。昨日チラッと見たリディの反応を見る限り、危ない人ってわけじゃなさそうだし。うん、きっと大丈夫。
急いで近寄ってみる。
近くで見ると、ユウガ兄より年上かな? 三十後半から、四十くらい? パッと見た感じが、父さんに近いから。
「あなたが、ユノさんですか?」
「うん、そうだよ。おじさんは誰?」
気軽に疑問をぶつけたら、騎士様は一瞬、苦い飲み物か食べ物でも口に入れちゃった、みたいな顔をした。
あっ、そっか。単に顔が老けてるだけで、実際は若いかもしれないのに、おじさんって失礼だよね!
「ジャレッドと申します。一応、騎士団における副将軍の立場にいますが、権限などは一切ありませんよ。主な仕事は、日中の散歩と、ヴァージルに将軍としての心得や、考え方を教えることですね」
「へぇ……騎士団って、副将軍なんて役職もあるんだ? ってことは、おじさん、実はすっごく偉い人なんじゃないの?」
あ……せっかく名前教えてくれたのに、またおじさんって言っちゃった。ってか、何て名前だったっけ?
マーハルニーファの人ってさ、十人いたら九人は名前が長いよね。あたし、本気で、一回聞いただけじゃ覚えられないんだけど。
困った顔で、あはは……って感じで力なく笑って。おじさんは諦めた顔で、ニコッと微笑んだ。
「なるほど、ヴァージルが気を許しているわけですね。あなたには、人が演じる立場というものが、まったく通じないようです」
「……そうかな?」
あー、でも、そうかも?
将軍は偉い人なんだって、一応わかってるけど、話してる間は忘れちゃうし。エレンさんとか、王女様とか、父さんとか、ちゃんとした地位があるのに気にしない人が多いってのもあるかも。
「貴族に限らず、立場を気にする者は、騎士団の副将軍と聞けば態度を変えます。もっとも、この城にはそういった人間が少ないようで、私もずいぶん気楽に生きておりますが」
「へー。いろいろ面倒くさいよね、お貴族様って。正直言ってさぁ、役職とかいろいろあるけど、それってその人について回ってるもんでしょ? 立場に人がついてくわけじゃなくって。だから、その人がちゃんとしてたら、立場なんてあたしにはどうでもいいんだよね」
だって、宮廷騎士団副団長とか、傭兵部隊隊長みたいな、すっごく仰々しい肩書きがあったって、父さんは父さんだし。
「あ、もちろん、ちゃんとした場所では気をつけるよ? 昨日みたいなとこで、王女様にいつもどおり話しかけるとか、しちゃダメってのはわかってるから」
多分、アルヴィン様とかエレンさんとか、ホントは将軍にも、いつもと同じ話し方じゃダメなのはわかってる。
昨日はいろんなことがあって、ついカッとなって、思いっきり我を忘れちゃったけど。
あ、そういえば。
「ねえねえ、おじさんってさ、昨日リディをエスコートしてたよね? 何で?」
ちょこっとびっくりした顔をしたけど、おじさんはすぐにちょっとだけ笑う。
「ずいぶん前……まだ、この国が平和だった頃に、エレンに昔話をしたことがあるんですよ。それを、しっかりと覚えていたようで……見事に謀られましたね」
ふーん。そういやリディって、メアンラーエ出身だっけ。あそこ、孤児が多くって、毎日子供が死んでて、死体がその辺に放置してあるって、だいぶ前にエミールに聞いたけど。エミールは魔法が使えたから、さっさと国を逃げ出して、フラフラしてたとこを父さんに拾われたんだって。
ひょっとして、リディは死んじゃいそうなとこ、助けられたのかな? それだと、リディが素直に従ってたの、わかる気がする。
あのリディが、ほぼ初対面で照れるなんて、相当のこと言ったと思ったけど……案外、リディもおじさんのこと、ちゃんと覚えてたのかもね。
「それで、迎えに来た時、リディに何か言ったんだ?」
あたしが言ったとたん、おじさんがピシッて固まった。
……ホント、何言ったわけ?
「い、いえ……たいしたことでは……」
しどろもどろになってて、メッチャ挙動不審だけど……まあいいや。リディに聞くって手もあるし。
「そういうユノさんも、ヴァージルに大嫌いと言ったと聞きましたが」
うっ。
誰から聞いて……って、将軍しかいないよね。
嘘をつくのは嫌だから、あたしは大きく首を縦に振った。ちょっと勢いつけすぎて、首がゴロン、って落っこちるかと思ったけど。
「……将軍、怒ってるよね」
あ。
「やっぱ、答えなくていいよ。他の人から聞くのは、よくないし」
直接言われた言葉じゃなきゃ、歪んでてもわかんないから。
誰かがねじった言葉を聞いて、それを信じて、ますますこじれたら、ホント意味ないし。
「では、ひとつだけ。ヴァージルは、怒ってはいませんでしたよ」
「それ、答えてるのと一緒じゃん!」
「いいえ。怒っていないだけで、他の感情にさいなまれているようですからね。その辺りは、本人に確認を取るしかないでしょう?」
昨日のあれで、怒るんじゃなくって? ……何だろ、怒るとか、ムカつくんじゃないって、想像つかないんだけど。
んでも、おじさんはニッコリ笑ってる。ちょっとだけ、エレンさんっぽい雰囲気があるのが、不安だけどね……。
「……よし。度胸がついたら行ってみるね」
「余計なこととは思いますが、できれば、女性は愛嬌、がよろしいかと」
「……ホント、余計なんだけど」
せっかくの覚悟に、水差された気分。
ムッとしてたら、おじさんがクスクス笑った。あんまり楽しそうだったから、何となくつられて笑っちゃったよ。




