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「私は、嫌悪感を表明した覚えはありません」
はぁ? だって、さっきから嫌そうにしてんじゃん。
あたしは一回腰をちょこっと浮かせて、どっかり椅子に座り直した。ついでに、足と腕も組んでみたり。
「へーえ……あー、そっかぁ。王女様の大事な命令だもんねー。嫌とか、そーゆーの、ないよねぇー。これっぽっちも楽しくなくっても、お仕事だもんねー」
だけどさぁ、その嫌々につき合わされる身になってよね!
歩きながら、この人いなかったらもっと楽しいのに、なーんて考えてんの、嫌じゃん?
「ユ、ユノさん!」
隣で椅子がガタガタ鳴って、目の前がいきなりふんわりした緑色で染まった。
あー、これ、グレースだ。
細っこい腕が、あたしの頭にギュッてくっついてる。んでもって、見た目よりしっかりたっぷりついてる胸が、ほっぺたに当たってんだけど。
あたし女だけどさ。これってひょっとして、役得ってやつ?
……そうっぽいよね。何か、エレンさんの視線を、ビシビシ感じるし。
「あ、あの……ヴァージル将軍……」
グレースがしゃべると、ビリビリ振動が伝わってきて、何かくすぐったい。ほっぺたモゾモゾして、ちょっとかゆい。
「私は、己の信条に反することのみでなく、不要と判断した殿下のお願いも、一切聞き入れておりません。今回の件は、必要なことと判断しております」
空気が動いて、ゴキッ、って感じの、変な音がした。グレースがヒュッて音立てて、メッチャ思いっきり息吸ったし。
何が起きたのか気になって、グレースのヒラヒラふわふわしたカフス袖をどけてみた。
……エレンさんが、右手だけで、将軍の顎つかんでた。あのゴキッて音、多分、エレンさんが将軍の顔の向き、強引に変えた音だ。
エレンさんがスッと背伸びして、将軍とおでこがくっつきそうなくらい、グッと顔を近づける。将軍、一瞬引こうとしたけど、ほとんど動けなかったみたい……。
強い人ってのは聞いてたけど、聞いてたけど……ここまで、強いんだぁ……。
そりゃあ、ベネットが勝てないって言うわけだよ。
「将軍、私の性格を、よーく思い出してくださいね? 古いつき合いですから、身にしみているでしょう? ああ、もちろん、将軍の信条その他に関しては、私も長いつき合いだけに、重々承知していますけど」
目が笑ってないエレンさんも怖いけどさ。そんなエレンさんと至近距離で見つめ合って、無表情で動じてない将軍も、十分すごいって……。
「我が軍きっての美少女集団を、堂々と送迎できるんです。少しは嬉しいって顔をしたらどうですか、って話ですよ。可憐で可愛い女の子の褒め方が、いまだに何ひとつわからないなら、私が手取り足取り、今から時間の許す限り、じっくり教えて差し上げましょうか?」
ニッコリ微笑んでるエレンさんからは、この辺の冬じゃなくって、セイライ国の真冬みたいな冷気が出てる。
慣れてるあたしでも、ちょっと凍えそう。
「ところで、エレンの好みは変わりないですか?」
……ホント、動じてないどころか、わけわかんない質問しちゃう将軍って、素直にすごいって思うよ。
まあ、ひたすらのんびりお茶飲んで、知らぬ存ぜぬしてる王女様とアルヴィン様も、純粋にすごいって思うけど。
「そうねぇ……グレース嬢は、本当に可憐ではかなげで、守ってあげたくなるわ」
何の意味があんのか、あたしにはよくわかんないけど。将軍、ホッとしたね。見ててわかるくらい、メッチャ露骨に。
「でも、ユノ嬢は元気で明るくて可愛らしくって、なかなかに捨てがたいのよね」
「ちょっ、エレンさん、初対面でも似たようなこと言ったじゃん。鼻血がどうとかってさ」
うっわ、将軍が怖くなった!
あれなら、まだイハル兄のが怖くない。エレンさんでも、耐えられるって思うくらい、ホント怖いんだけど……鬼気迫るっていうか。
「ああ、言いましたね。もうすぐ十六歳というのに、あまりに初々しくて可愛らしいものだから、心臓がドキドキしすぎて、全身の血が沸騰して、終いには鼻血が出るかと思ったんですよ」
「あたし、子供っぽいは言われ慣れてるけどさぁ……エレンさんのは、さすがにないよ」
鼻血はないと思うんだよね。リディとかグレースならともかく。
「ねえ、将軍。よーく理解しました?」
「……ええ、非常に明快に」
まだ、空気が冷ややかなんだけど。
「理解が早くて何よりです。今回はしょうがなく、渋々、見逃しますけど、次は絶対にありませんから」
将軍が何か言うより早く、エレンさんがパッと手を放した。で、体ごとこっちに向いて。
「困ったことがあったら、いつでも私なり、セイガ隊長なり、マノ隊長なり、イハル隊長なり……まあ、妥協で将軍という手もあるけど、包み隠さずに頼ってくださいね」
あたしは、エレンさんがこういう人っての、ちょっと知ってるからそうでもないけどさ。グレースとかリディは、初めてだったのかな? メッチャ固まってる。
「うふふっ、怖がらせたかしら? エレンは昔からこうなの。将軍も、何度も怒らせて、ドナに食いつかれそうになっているのに……いい加減、懲りてくれたらいいのだけど」
ドナ? ドナって、エレンさんの騎竜じゃなかった? 歴戦の勇士って感じの顔した、女の子の竜だよね?
あのドナに食いつかれそうになってるって……しかも何回もって……。
思わず将軍をまじまじと見つめちゃうよ。
「将軍も、たまには感情に素直になるのも、悪くないと思うけど?」
王女様が言ったけど、将軍は聞こえない振りをしたみたい。




