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食器洗いもすぐ終わっちゃって、すっごく暇だったからね。エレンさんを外で待ってようかなって、外に出てみた。
この離宮ってね、お城からの地下通路が、ちょっとした森の中に出てくるの。街から入った時とは反対側の森で、木の板で蓋をしてるんだよ。
戦争になったら、しっかり隠しとかないと、すぐ見つかっちゃうんだろうけど。
その出入り口の近くで、とりあえず待機。
ちょっと待ってたら、いきなり、ガコン、って音がして。木の板がポンッと跳び上がった。
……今まで、その板、そんなふうに跳んだことないよね? ってか、あれ、帰る時にいっぺん持ち上げてみたことあるけど、結構重かったよ? どう考えても、あんなふうに跳ぶもんじゃないよ?
うっわ……ひょっとして、エレンさんが荒れてる? っていうか、怒ってる?
も一度ぴょこんって跳んだ板を、下からニュッて出てきた手が持ち上げて。板をどけたら、先に将軍が出てきた。
……あれ? ってことは、さっきの、将軍がやったってこと? ひょっとして、怒ってるの、将軍の方?
軽々って感じで一気に外に出てきた将軍と、パッて目が合った。
「……ユノ、さん?」
将軍がメッチャびっくりしてるんだけど……ひょっとしてさぁ、エレンさん、何にも言わずに連れてきたとか?
うん、やるよね。エレンさんなら、絶対やる。
「ヴァージル、邪魔よ」
言いながら、エレンさんはちゃっかり反対側に出てるし。邪魔とか、ひとかけらも思ってないよね、絶対。
「だいたい、私が珍しく、午前中から城に顔を出したのよ? しかも、わざわざヴァージルに声をかける理由なんて、誰かに頼まれた以外にないでしょ? それなのに、訓練の邪魔だなんて言う方が悪いのよ」
用件言わずに連れてきたんだね、エレンさん……。
って……エレンさんって、午前中はお城にいないんだ? そういえば、いっつもお昼過ぎてからだよね。エレンさんからの伝言で将軍を探してこい、って、イハル兄や父さんに言われるの。
暇な時はずっと、王女様のそばにいるのかと思ってたけど、そうでもないのかな?
「ドナの世話もあるし、私の手が空くのが、ちょうどヴァージルが騎士たちと訓練している時間なの。その時なら、ヴァージルの顔まで見なくていいでしょ? 一日に何度も往復はしたくないし」
……ホント、エレンさんって、将軍もアルヴィン様も嫌いなんだね。
でもまあ、嫌いな人が縁を切れない人っていうのも、結構厄介かも。仕事でも私生活でも関わらなくっていい人なら、スパッと縁切っちゃえるもん。
イライラをため込まないようにするの、お互いに大変そうだよね。
「じゃあ、ユノ嬢、私はドナと飛んでくるから」
「行ってらっしゃい」
エレンさんはあっという間にドナに近寄って、ササッと乗り込んで、さっさと飛んでっちゃった。
こういう時は、ホント素早いよね。
さて、と。
せっかくエレンさんが連れてきてくれたし、パパッと済ませちゃおっか。
「将軍に聞きたいことがあって、エレンさんに連れてきてもらったんだけどさぁ。昨日、何でああいうことしたわけ? あたしが怒って平手打ちでもしてたら、逆効果だったんじゃないの?」
セイライ国だと、たまーにあるんだよね。気軽にほっぺたにキスした子が、相手に平手打ち食らうの。その時は、した方は呆然としてて、された側はメッチャ怒ることが多いかな?
周りに人がいたら、すっごい噂になるしね。親愛のキスも受け入れられないってことは、普通以下ってことだから。
でもまあ、それは、マーハルニーファでもキスに意味があったら、の話なんだけど。
あ、あたしがその辺に詳しいのは、お兄ちゃんたちに聞いたから。ってか、聞かされたから。正直、いろいろいらない知識だと思うよ?
んでもって、嫌だったら即平手打ち、ってのも教えてもらってる。まだいっぺんも、実践したことないけど。ってか、する機会がなかったんだけどね。
「ごまかし方はいくつか知っていますから、逆効果になることは……」
「……へぇ」
ごまかし方、ねぇ……しかも、いくつか知ってるんだ?
そもそも、それって、あたしが聞きたいことの答えじゃないよね?
「で、何でああいうことしたの?」
「え……あ、そ、その……」
「はっきり言っちゃうと、今さら何言われても、あたしは多分驚かないよ? 逆に、平手打ちしたくなるかもしんないけど」
将軍の答え次第では、昨日の分の平手打ちを今、きっちりお返しするから!
待ち構えてるって意思表示で、左の手のひらに右の拳をパチン、とぶつける。
「……振りではまったく動じていなかったので、悔しくて」
……へ? たったそんだけのことで?
さらに本音があるってわけじゃなくって? 本気で?
「そりゃあ、あのお兄ちゃんたちを見て育ってるし。家族からはしょっちゅうされてたし。他人でも、実際にされなきゃ何ともないよ? それに、将軍にされたの、ほっぺただし」
あれが口だったら、ちょっと考えたかもしれないけどね。ほっぺたとは、意味が微妙に違うから。
ちなみに、家族からはほっぺたはもちろん、鼻とかおでこも多かったよ? でもさぁ、鼻はないよね。あたし、ちっちゃい動物とかおもちゃじゃないんだから、愛玩ってさぁ……。
「それより、将軍が何考えて、昨日みたいなことしたのか。ちゃんと聞かせて」
あたしがはっきり言ったら、将軍はちょっと困った顔して、でもすぐに覚悟を決めたみたい。
「私はユノさん以外に好意を示す気はない、と主張するためです。あの後、たとえ平手打ちやセイライ国の奥義を受けようと、決して覆すことはないと、昨日の彼女たちには伝えました。待つだけ無駄だ、と」
「……えっと、あのさぁ……無駄にならない可能性も、あるじゃん?」
あたしがヤダ、って言えば、母さんはきっと断るし。そうなったら、全然無駄じゃないっしょ?
でも、将軍は、ニッコリ微笑んだ。何か企んでる時のエレンさんと、同じ雰囲気の笑顔なんだけど……何か、目が、獲物を狙ってる猛禽類みたいだし。
「あなたが欲しいと思った時から、ずっと待っていた好機なんです。みすみす逃すと思ったら、大間違いですよ」
思わずのけぞったら、左手をつかまれて。ひょい、って感じで、手首にキスされて。
……え、えぇーっ!?
や、ちょっと、それって……えーっ!?
「ふむ……イハル隊長の言ったとおりですね」
ちょっ! イハル兄ってば、何言ったの!?
今すぐ逃げたいけど、がっちり手をつかまれてるから逃げられないし……戻ったら絶対、イハル兄をとっちめてやるんだから!




