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左手で左のほっぺたをギュッと押さえたまんま、あたしはお貴族様の女の子たちの横を抜けた。中庭を出て、右に曲がって、真っ直ぐ宿舎に向かう。
階段を駆け上がって、部屋に飛び込んで。
右手しか使ってないけど、階段上ったりドア開けたりするだけなら、意外と不便ないね。
「ちょっと、ユノ?」
「ユノさん、どうかしたんですか?」
珍しくこんな時間に部屋にいたリディとグレースに呼ばれたけど、今は無視。後でちゃんと謝るから、今だけ許して。
あたしの個室のドア、右手で開けて入って、中からちゃんと鍵をかけた。ベッドにバタッて倒れ込んで、ふっかふかの枕に顔の右側を埋めてみる。
別に思い出したわけじゃないのに、まだ顔が熱い気がするんだよね。
……あたしは今、何に怒ってるんだろ?
将軍が、あたしの思ってたような人じゃなかったから? そりゃあ、ベネットとかおしゃべり騎士様みたいな軽い男、嫌いだけどさぁ。お兄ちゃんたちは、家族だからしょうがないけどね。
ってか、今までの将軍の言動考えたら、まるで別人のことしたから? それとも、もっと違う理由?
うん、そうだよね。よく考えたら、されたこと自体に怒ってるわけじゃないんだし。
あたしと将軍は、解放軍でたまたま一緒に戦った。戦争が終わって、宮廷騎士団の将軍はもちろん、あたしも宮廷騎士団の一員になった。そういう、偶然から来る縁でつながってただけ。
そりゃあ、今は、母さんから縁談を打診されたっていう、お貴族様向けの建前があるけどさぁ。
あたし自身は、承諾も拒否もしてない。
将軍も、正式な返事をしたって話にはなってない。っていうか、いろいろあぶり出すために、返事は保留してるっていうのがお貴族様向けのお話でしょ?
さっきのあれは、そういう意味では問題ありだと思うんだよね。
エレンさんも、王女様に近いってことで、お貴族様に狙われてるんだし……言い方があれだけど、両方に引きつけて、いっぺんに始末するんじゃなかったの?
「あーもう!」
左手はほっぺたを押さえたままで、あたしは思わず叫んじゃった。外でビビったみたいで、リディとグレースがあたしの名前を呼んでる。
「大丈夫。ちょっとほっといて」
口が半分枕で埋まってるから、ちょっと聞こえにくかったかもしれないね。
多分、二人とも全然納得してないだろうけど。んでも、心配しながらほっといてくれるはず。
これで、もっと頑張らないと、ってなって、将軍に向かってくれるんならいいよ? んでも、あたしに来たら? 王様にみんなやっつけてもらうのも、何か違うじゃん?
もし、エレンさんにいっぱいいっちゃったら? それもそれで、困るんじゃないの?
……んー、こういうこと考えるの、あたしには絶対向いてないんだよね。
ゴロゴロしてる間に、ちょっと寝てたみたい。
ハッて気がついたら、枕にちょこっとよだれ垂れてたし。
慌てて手で口を拭って、っと。枕のも、枕元のリネンで拭いて、っと。よし、どっちもオッケー。
「あの、ユノさん。少しいいですか?」
ひかえめに、ドアの外からグレースが言ってきた。珍しいよね、グレースからあたしを呼ぶのって。こういう時は、たいていリディが言ってくるんだよ? ひょっとして、リディは留守なのかな?
のろのろベッドから起き上がって、鍵とドアを開けて。
「……っ!」
開けた瞬間、悲鳴出るかと思ったじゃん!
「な、何でイハル兄がいるの?」
「俺だって好き好んで来たわけじゃない。エレンとリアムに頼まれたんだ」
……何でその二人? ってか、二人とも、イハル兄とそんなに仲良かったっけ?
「私は部屋にいますから」
言って、グレースはさっさと自分の部屋に入っちゃった。
ってことはだよ? グレースには、あたしと二人で話したいことがあるって言ってあるんだね。
「ヴァージルに何をされた?」
うっわ、イハル兄ってば、いきなり本題入るの? うん、そういう人だって知ってるけど。こういう時は、もうちょっとこう、さぁ……。
「何で?」
「聞いた話だが、エレンが強引に口を割らせたらしい。それでも、具体的なことは何も言わなかったそうだ。ずいぶんと根性が座っていると思わないか?」
あー、うん。エレンさん相手に、かなり頑張ったよね、それ……。
なるほどね。だからあたしに聞きに来たんだ? でも、エレンさんとかリアムじゃなくって、そこでイハル兄ってのが、ね。それってどうなの?
「ああ、俺が聞いてくると言ったんだ。ユノの性格を考えれば、エレンはともかく、リアムには話せないだろう?」
「まあ、そうだけどね。ってか、エレンさんにも、あんまり言いたくないけど」
聞いたその足で、将軍をザクッと刺しに行きそうで怖いもん。
「で、何をされたんだ?」
「こないだ来てたお貴族様の女の子の前で、口にキスする振りをした後で、ほっぺたにしてった」
「……なるほどな。お前、言葉にしないで怒っただろう?」
六年くらい会ってなかったっていっても、やっぱイハル兄だね。つき合い長いし、お互いに性格も把握してるし。
全部言わなくってもわかってもらえるのって、すっごい楽だね。
「そりゃあ、怒るでしょ? ってか、怒らない方が変じゃない?」
「俺だったら、その辺も汲んでやれるが……知らないやつからすれば、嫌いなやつにされたから怒っていると受け取られるぞ」
「……何で? 嫌いだったら、そもそも近づかないっしょ?」
わざわざ嫌いって思ってる人に近づくの、おかしいでしょ? ベネットやおしゃべり騎士様は苦手だから、用がなきゃ、あたしからは寄ってかないし。
「うっかり寝ちゃう前に、あたしがメッチャ頑張って考えた結果としては、将軍が妙に軽い振る舞いしたから怒ったんだろうな、ってこと」
今まで、騎士様として頑張ってるとことか、人のことばっか考えてる姿とか、割と紳士的なとこ見てきたからなんだろうけど。
それまでは割と紳士だった人が、いきなりポンッて道を外れたら、やっぱ怒りたくなるじゃん?




