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第4話(2)

身支度を整えて外に出ると、休日の東京は平日より少しだけ柔らかい顔をしていた。

駅前には家族連れ、カップル、観光客。

スーツ姿の人間が少ないだけで、街の温度はこうも違って見える。


アリッタは駅前のビル群を見上げた。


「何度見ても壮観だな」

「そちらの世界ではあまりない景色ですか」


黒井が問うと、アリッタは視線を上に向けたまま答えた。


「この高く密集した建造物群はおそらく、土地に対しての人口密度が高まった結果なのだろう。残念ながら、我々の世界はそこまで人が溢れていなかった」

「…… 軽率でした。魔物と剣で戦う世界ということは、現代とは比較にならないほど危険な世界ということになりますね」


アリッタは責めるでもなく言った。


「いや何も不快には思ってはいないさ。私にはな、この巨大な建造物群は人類が様々な脅威に打ち勝ってきた証のように見えているんだ。それはまぁいい気分なものだぞ」

「うーん、今一つ僕には実感がわきません」

「ふっ、それはそうだ。これは戦いの中でそれを勝ち取ろうとしたものへの褒美だからな」


アリッタはこの世界の人間ではない。

しかし、このビルを打ち立てた者達と同じく後世のために戦った人間だ。

そんな彼女にとって、自らの闘争の先にある可能性の一端に触れられたことは、何か心をうつものがあるのだろう。


たとえそれが自身の世界とは全く関係のない物でも、彼女が異世界で成してきたこととつながりを感じられるものがあるのは良かったなと、黒井はなんとなくそう思った。


「いきましょうか、アリッタさん。まだまだ行くところはありますから」

「…… ああ、そうしよう」


---


最初に立ち寄ったのは駅ビルの中だった。

雑貨屋、本屋、服屋、映画ポスターの並ぶ通路、ゲームセンターの派手な音。

アリッタは便利な装置より、そこに群がる人の表情を見ているようだった。


クレーンゲームの前では、黒井が百円玉を何枚も入れては肩を落とす姿を不思議そうに眺める。


「もう買った方が安くないか」

「いや、いやわかってるんですよ? そんなことは! でも今さら引けないというか」

「ふっ、引き際を誤るとしなくていい損をするぞ」

「もう! やればわかりますよ!」

「すまんすまん、意図はわかっているんだが、やはりこういうのは先に引き際を決めてだな──」


スマホショップでは、黒井に選んでもらったスマートフォンを片手にアリッタが深く思案していた。


「遠方との会話も魔術なしでできるのか」

「それどころか調べものとか…… ああ、あとGPSで位置情報もわかりますよ。ほら、アリッタさんのスマホの場所も僕ので見れます」

「うーむ…… 伝令、地図、時計、連絡網、情報収集。我々が何日何月と時をかけたものがここでは一瞬で終わるのだな」

「僕らが一日に得る情報量は昔の人の50年分なんていわれたりしますしね」

「……だからこそ驚く。これほどの力を特別な身分でも訓練でもなく、誰もが個人で持てる豊さに──そしてその危うさにだ」

「危うさ?」

「教養も判断力もない者が、真実と虚偽の区別もつかぬまま情報の濁流に踊らされる。しかも、これがあれば何の身分証明も無しに指先一つで何万という民衆に語り掛けることができるわけだ。賢者には翼、敵には剣、愚者には濁流だろう」

「重いなあ…… うーん、僕は人類に取っての火って感じだと思いますね。便利だし人間の文明を先に進める上で大きな役割を持つけど、使い方を考えずに触ると焼けどする危険もある」

「それも真理だな。だが私が言っているのは、赤ん坊に松明を持たせる親はいないだろうと──」


本屋では棚という棚を巡っては立ち止まり、目を輝かせる。


「以前もらった服飾の雑誌もすごかったが、やはりこの世界の書物はすばらしいな」

「へぇー、なにが違うんです」

「あれだけ精巧な写し絵がふんだんに使われているという技術も目を見張ったが、こうしてみると複製本の在庫量もすさまじいことがわかるし、内容も実に大衆向けの本が多い」

「ああ写真とか印刷とかの技術は未発達なんですね」

「いやあるにはあるんだが、需要と供給、その方向が醸す教養の質に驚いているんだ。だれもが字を読めるし高度な内容を理解して楽しめるというのは凄いことなんだぞ」

「あー、それは結構聞く話かもしれません。逆になぜそちらの世界では識字率が低いんですか」

「うむ、前も少し触れたが我々の世界では役割分担がはっきりしていて──」


スイーツショップのショーケースを前にしては、プリンを凝視した。


「カップラーメンより高くないか」

「高いですね」

「1食より高いデザートなど、貴族の食べ物ではないか」

「どっちかというとカップラーメンが結構簡素といいますか」

「何? アレがか! …… もしかして私のせいか?」

「アリッタさん。後でプリン、いやもっと豪華な奴を食べましょう。二つ頼んでもいいですよ」

「…… う、うむ。いや、贅沢は敵だ。一度その味を覚えればその後の一生を苦しむことに……」

「いいからいきますよ。何度でも連れてきますから」

「まてまて私はこういったものは──」


そんなこんなで昼を回ったところ、二人は小さなカフェに入った。

黒井の前にはアイスコーヒー。

アリッタは期間限定のフルーツパフェを前に、まだ少しだけ警戒した顔をしている。


「それ、頼んだのアリッタさんですよ」

「分かっている」

「なら堂々と食べてください」

「…… どこからスプーンを差し込んでいいものかわからんのだ」

「たしかに」


黒井が笑うと、アリッタはスプーンで恐る恐る一口すくった。

そしてプリンとクリームとオレンジとアイス、器用にひとすくいして見せた。

この辺り、もしかして剣の腕前と関係があったりするのだろうか。


アリッタはそれらをひとしきり眺めたり香りをかいだ後、ゆっくりと口に入れて咀嚼する。

まるでワインのソムリエのように目をつぶり、眉間にしわを寄せて何一つ逃すまいとする表情だ。


(そんなに堅苦しく食べるものではないんだけど、まぁいいか)


「…… なるほどな」

「どうでした」

「正直」

「はい」

「値段が勝ちすぎるな」

「えっ!?」


黒井は吹き出した。


「いや、えっ!? なんかこういうのって女の子は凄い好きだったりするんじゃないんですか」

「いや美味いのはわかるんだぞ!? そりゃあ美味いさ、甘いんだもの」

「だものって初めて聞きましたけど、じゃあいいじゃないですか!」

「美味いけども、これを1回食するのとカップラーメン10個だろう!? 流石にカップラーメンを食べた方がいいだろう!」

「いやいやっ、それはっ…… うーん、わかる」

「だろう!?」


そんなことを言い合いながら、その後もアリッタは妙に神妙な顔で、実に時間をかけてパフェを食べ続けた。

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