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第4話 R・I・P(1)

休日の朝。


カーテンの隙間から差し込む明るい日差しに目を細めながら、黒井は狭い六畳一間の部屋に置かれたベッドから上体を起こした。


いつもなら貯めた目の下のクマを吐き出すように昼過ぎまで惰眠を貪るのが彼のルーティンだが、今日は珍しく予定があった。


ベッドのすぐ横に置かれたローテーブルでは、すでにアリッタが軽めの朝食を用意している。

インスタントコーヒー、トーストした食パンに目玉焼きをのせた簡素なものだが、彼女にとっては未知の調理器具だっただろう。

いつのまにフライパンや電子レンジ、コーヒーメーカーまで使い方を覚えたのだろうか。


「起こしてしまったかな」

「いやそんな、むしろ気を使わせてしまいました」

「気にするな、今日は貴重な休日を私に使ってもらうのだからな」


時は5月、アリッタは黒井がネット注文した黒のタンクトップに、軽めのジップジャケット、デニム素材のショートパンツ姿で食器を運んでいる。


せっかくなのでこちらの格好をと女性向けのファッション誌を買ってきてみたところ、アリッタはずいぶんと気に入った様子で何度も読み返していた。

あれはそこから彼女が選んだ組み合わせのものだ。


まさに彼女のイメージ通りという格好で、その姿からはとても騎士団長や異世界人といった印象はなく、黒井も不思議と浮ついた気分になる。


「おはようございます」

「うむ。おはよう、テルオ」


今日は就職祝いも兼ねて、東京の街を案内する日だ。


---


「というかアリッタさん、僕は床で寝ていたはずですけど、いつのまにベッドに乗せました?」


目玉焼きを乗せたトーストへかぶりつくアリッタに、黒井が問いかける。


残念ながら小さな部屋だ。

1つしかないベッドをどちらが使うかで、少しばかりの議論になったことは言うまでもない。

もちろん、どちらが相手に使わせるか、という意味でだ。


「ふふっ、こういうのは得意なのだ。寝ている新兵を起こさずに武器を奪ったりな」

「いや、なんか軍の訓練でそういうの見た事ありますけど……」


黒井は苦笑した。


共に過ごす中で、意外と気安く会話できる人なのだとわかってきた。

しかし、一度同意した交代制でベッドを使うというルールを勝手に崩されるのは困る。

アリッタとしては居候としてのうしろめたさがあるのだろうが、黒井にも男としてのうしろめたさがある。


「それにしても、今日は何処へ連れて行ってくれるんだ? 年甲斐もなく楽しみにしているんだが」

「せっかくの休日ですし、僕たちの娯楽をいろいろと紹介しようかなと」

「ほほう、娯楽と来たか。」


アリッタの就職――正確には、ムゲンワークス株式会社の外部協力者としての参画が決まり、正式な手続きは住民登録や法務相談を進めながら整えていく、という形で話がまとまったのが昨日のことだった。


戸籍も身元もない。普通なら会社に入れる以前の話だ。

それでも八重樫は、アリッタを使う道を選んだ。


だから今日は、そのささやかな祝いも兼ねて、黒井が東京を案内することになっていた。


「それにしても、アリッタさんってあまり驚かないですよね」

「んむ? それはどういうことだ」

「いや、アリッタさんって異世界から来たじゃないですか。だったら僕が使ったライターとかパソコンとか、多分今日の調理に使っていただいたであろう器具とか家電とか、あとほら、街を走ってる車に『鉄の馬だ!』みたいな、もっと驚いてもよさそうだなぁって思って」


アリッタは一瞬だけきょとんとしたあと、ふっと笑った。


「それはいい反応を見せれずすまなかった。いや驚いてはいたんだがな、職業柄あまりそういう反応を見せるのが好まれるものでもなかったしな」

「確かに、戦場で驚いてる姿を見せたら不安になる部下もいますもんね」

「あぁ、それにもう一つ理由があってな」

「理由?」

「実は言いにくいんだが、似たような道具は向こうの世界にも結構あったんだ」

「えぇ!? そうなんですか!」


黒井はアリッタのいた世界についてはあまり聞いたことがなかった。

なんとなく中世ヨーロッパ的な世界を想像していたが、魔物や魔術という単語を使っていたあたり、もっとファンタジックな世界に違いない。


「テルオの世界では電気やガスなどをつかって様々な物理現象を引き起こしているだろう」

「ああそうですね。そういえば前に魔術とプログラミングは似ているとか言ってましたね」

「そうだ、我々の世界でも共通して使っているものとそうでないものはあるが、この世界では使われていない大きな力として魔力がある」


黒井は剣で戦うような異世界といわれ、現代と比べてローテクノロジーな世界をを想像していた。

しかしながら、向こうには向こうにしかないエネルギーがある。

ということはそれを使った、こちらにはできないようなアプローチで何らかの発展がされてきた世界であることは想像に難くない。

黒井は自らの考えを改めると同時に、急に異世界の文化に興味がわいてくるのを感じた。


「魔力と魔術は繊細で危険だ。扱えるのは一部の魔術師に限られる。

だからテルオの世界ほど広く自動化されているわけではない。だが、我々の世界の延長線上にあるはずの道具が、こちらでは別の方法で実現されている。そんな感覚になることは多いな。」

「なるほど、全く未知の世界というより、想像できる範疇の少し進んだ未来を見ている感覚なんですね」

「そういうことだ。この世界を見ていると我々は魔力に、人の力で何かを動かすということに固執しすぎていたのだろうなと感じるよ。人一人にできることが多いというのは、時に発展の妨げになることもあるのだな」


こんな話を聞いてしまうと、少々今日のプランに不安も出てくる。

意気揚々とこの世界の娯楽を紹介して回るつもりだったのだが、案外どれも似たようなものをすでに経験済みかもしれない。


「…… やっぱり、あんまり期待しないでくださいね」

「何を言ってるんだ、すごく楽しみだぞ」

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