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第2話(2)

「黒井からは、君がマネジメント経験を持つと聞いている。自己紹介を兼ねて、そのあたりを聞かせてもらおうか」

「承知した」


アリッタは迷いなく言った。


「私はアリッタ・レオーネ・ヴォルペ。別の国で、軍事に関わる仕事をしていた」

「軍事、か。名前からしてイタリア系のようだな」

「詳細は控える。だが、人の上に立つ役割にあったことは確かだ。規模としては数百名、状況によってはそれ以上の人間を動かした経験もある」

「数百名」


八重樫の目がわずかに鋭くなる。


「ずいぶん大きく出るな、うちの会社程度なら掌握できると」

「ただの過去だ。そのような意図はない」


黒井は内心で冷や汗をかいた。

それは本当に事実なのだろうが、日本の面接でそんなことを堂々と言う人間がどこにいる。


だが八重樫は、意外にも切り捨てなかった。

むしろ試すように次の質問を重ねる。


「強みは何だ」

「体力。指揮能力。管理能力。そして言語だ」

「言語?」

「どの国の言葉でも、プログラミング言語でも、大抵は理解できる」

「…… ほう、たしかに日本語もまるで母国語のように扱っているな」


その一言に、八重樫の目つきが変わった。


たぶん彼は今、勝手にアリッタの経歴を補完している。

海外軍事経験、多言語対応、IT知識、指揮経験、そして身元の曖昧さ。

どこかの特殊工作員とでも思っているのだろう。


「ちょっとした疑問なんだが、うちの会社に鉛玉が撃ち込まれるようなことはないだろうな」

「問題ない。私を知る者は皆、私が死亡したと認識しているだろう」

「……ッ!!」


目を丸くして言葉を失う八重樫。

それを見た黒井はとっさに顔を伏せた。


(こんな緊張感のある場で口元がゆがんでいるのを見せるわけにもいかない。

一体脳内でどんな想像が膨らんでいるのやら)


黒井がうつむいているのを一瞥し、八重樫は平静を取り戻す。

まだ面接は終わっていない。


「……ゴホンッ!いやそれについてはこれ以上は置いておこう。して、志望動機は」

「もちろん、己が事情で選択肢が少ないことも理由の一つだ」


アリッタはそこで一拍置いた。


「だが本質的には、自らが高く売れると思ったからに他ならない」

「……」

「聞けば貴社では、指揮管理能力を持つ人材の不足により高強度長時間労働が常態化しているとか。そのような状況で力を発揮する私以上の人材は、そうはいない」


八重樫の口元が、ほんのわずかに上がった。


「面白いことを言う」

「興味をもってもらえたなら何よりだ」

「自信があるらしいな、およそ君が体験してきたものとは異質な世界に挑もうというのに」

「挑戦である自覚はある。しかし、私が経験したほとんどの障害は突破可能なものだった。今できないことは、今後もできないことを意味しない」


面接室に、短い沈黙が落ちた。

その沈黙の中で、黒井は気づいた。


(これは噛み合っている)


危うい綱渡りに見えて、アリッタの言葉はきちんと八重樫に届いている。


「では、もう少し踏み込もう」


八重樫は肘を机に置き、組んだ指に顎を乗せた。


「うちが今探しているのは単なる作業者ではない。組織を率いるに足る人間だ。君はそれに足る人間として、どのような素養をもっているかね」

「ふむ、その問いには少し整理が必要だな」

「整理?」

「“組織を率いる”が何を指すかによる」

「…… 君は、どう分けている」

「組織を動かす人種には二種ある。隊を乱さず進める者と、兵に火をつけて前へ出させる者だ」

「人種か。一人が持つべき2種類の素養ではないと」

「当然だ。前者は管理者、後者は先導者とでも呼ぶべきだろう」

「…… 続けたまえ」

「管理者は戦や事業の現状を把握し、目的に対して最も効率的な道筋を描き、全体の速度を維持する者だ。こちらの国の言葉では、マネジメントというのだろう」

「ほう」

「一方で率いる者は目標を描き、個々を鼓舞し、組織をより速く遠くへ連れていく者だ。こちらではリーダーと呼ぶそうだな」

「なるほど」

「組織にはその両方が必要だ。だが、必ずしも一人が両方を担う必要はない」

「なぜそう思う」

「両者は似て非なる才能だからだ。管理に優れた者が人を熱狂させるとは限らんし、人を熱狂させる者が安定した運用をできるとも限らん」

「…… まさしく」

「重要なのは、組織としてその二つの機能を備えていることだ。もし一人で両方できるなら理想的だが、それを前提に組織を作るべきではない」

「君は、自分をどちらだと考えている」

「どちらも可能だが敢えて言うならリーダー……と言いたいところだがこれもまた複雑でな。一部の識者を除き、人間は言葉そのものよりも誰が何を発したかを重視する」

「なるほど。何者でもない君の言葉は、識者以外の心を動かすことはないということか」

「今はな」


黒井には、八重樫の頬の皺がいっそうふかくなったように見えた。


(笑っている……?)


推薦者としてアリッタの横に座っていた黒井だったが、場は既に彼を置き去りにして進んでいた。


「では、問題を解決できる人間とはどう考えるかね」

「ふむ」

「わが社のスローガンは『障害を打ち破り、戦場を楽しめる社員たれ』だ。言われたことをやるだけだけの社員は不要。問題を主体的に解決できる人材を定義し、高く評価することを理念としている」

「問題解決能力を基準にした実力主義か」

「そうだ、ではそれはどんな人間かね?君なりの具体化を」


それは、黒井自身も気になる話題だった。

自分に何が足りないのか、この数年そればかりを考えていた。

同時にそれは難しく、簡単に答えの出る問題ではないことを表していた。


「思考と行動力を備えた人間だ」


だが、アリッタは即答する。

そしてその様子に、八重樫の皺はさらに深くなる。


「続けたまえ」

「思考には順序がある。まず現状を把握する。次に理想を定義する。そしてその差を問題として認識し、問題を引き起こす要因を課題として抽出、課題ごとに解決策を定義する」


アリッタの声は平坦だが、言葉はよく通る。


「この順序を守り、固定観念を持たず、常にゼロから考える。それぞれの決定が繋がっている状態を維持することが問題解決には重要だ。そのうえで、各工程の精度が高ければなおよい。あとはそれを実行する行動力があればいい」


八重樫はゆっくり息を吐いた。


「…… テストの答えとしては百点だな」

「そうか、だが──」


アリッタの言葉に八重樫の口角が下がる。

そんなことは意にもなく、アリッタは言葉を紡ぎ続ける。


「付け加えるならば、『正義を意識すること』が必要だ」

「…… 正義。まるで政治家のような視点だな、軍人らしからぬ」

「よくいわれる、だが共創には必要な資質だ」


黒井はその言葉を聞いて、昨夜のアリッタを思い出した。

彼女はいつもそこに立ち返る。

勝利条件。

守るべきもの。

誰のための判断か。

どれも結局は、正義という言葉に行き着くのだ。

何を正しいと考えるか、何のために動くのか。

常にそれを考えから除外しない。


「人間はみな異なる人生を歩み、異なる価値観を持つ。つまり、異なる正義を持つ」

「……」

「あらゆる仕事も人間関係も、なにかしら絶対的価値観があって初めて評価が可能になる。価値観が違う状態での評価は認識の相違を生み、衝突が起きる。」

「それでどうなる」

「ひどければ宗教戦争だ。他者の正義を理解せずルールや組織の価値観にない"型"を押しつけ始めれば、それは管理でも教育でも議論でもなく支配・侵略になる。異なる価値観で殴られれば、大半の人間は反感を育てる」

「例えば?」

「遅刻しないように十分前には集合せよ、とかな」

「耳が痛いな」

「組織に規律が必要なことは否定しない。だが本質的には遅刻しようがミスをしようが、それが大きな影響を出さなければ問題ないことも事実。その点を度外視して自らの尺度から外れた物を攻撃する、そういう人間は論理的に解決可能な課題ではなく、人間の感情という障害を前に敗走することになるだろう」

「……」


沈黙、それは八重樫がこの話を深く飲み込むためのもののように見えた。


「論理的思考と行動力だけでは、他者と関わりをもって働くという観点が抜けている。正義を理解し他者を許容する心なくして問題解決能力は片手落ちということか」


八重樫は、そこで初めて深く頷いた。


「実に面白い話だ」

「それはよかった」

「…… 受かると思っているかね」

「幸運だったと思っている。私の前に座るのが大輔殿であったことをな」


あまりに自然に返されて、黒井の心臓が跳ねた。

いやその返し方は強すぎるだろう、と。


八重樫も一瞬だけ目を見開いたが、すぐに鼻で笑った。


「目上を名前で呼ぶな。やはり礼を知らんようだな」

「失礼した」


アリッタはあっさり頭を下げる。


「苗字は所属を、名は個人を表すものだ。そのため故郷では名で呼ぶのが普通でな。だがこの国では違うらしい。以後気をつけよう、八重樫殿」

「"殿"は古式だ。敬称には"さん"を…… いや──」


八重樫は小さく咳払いをした。


「今後ワシのことは役職名で呼べ。"課長"とな」

「心得た、課長」

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