第1話(2)
「いやぁ、強盗かとおもいましたよ」
「申し訳もない。迷惑をかけてしまったことについては謝罪をさせてくれ。」
慌ててゴミを片づけたローテーブルの向かいには、神妙な顔をした一人の女性が座っていた。
赤髪を高い位置で束ねたポニーテール。
褐色と切り傷跡が目立つ肌。
少し後ろの壁には、彼女の壊れかけた甲冑が立てかけてある。
鎧の継ぎ目や肩当てには乾きかけた血がこびりついている。
背筋をピンと伸ばしたその姿は、見た目の荒々しさとは真逆の気品を感じる。
よく見れば、到底お近づきにもなれないようなかっこいい人、という印象だろう。
さて、この数分の間にいったい何があったのかを説明しようと思う。
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銀色の大剣だった。
見間違えようもなく、賃貸アパートの我が家が誇る床板に本物の鉄塊がめり込んでいる。
その傍らに、ひとりの女性が倒れていた。
「え、は? 1階でよか、いや、ちょっ……」
ぴくりとも動かない。
死体、という最悪の二文字が頭をよぎり、黒井は震える手でスマホを取り出した。
しかし110番を押す前に、彼女の胸がゆっくり上下しているのが見えた。
(…… 生きてる)
黒井はしばらく逡巡した末、彼女のそばにしゃがみ込んだ。
血は多い。
だが不思議なことに目立った外傷が見当たらない。
鎧だけが大きく裂け、刃物を受けたような痕がいくつもある。
「ええと…… もしもし?」
返事はない。
とりあえず放っておくわけにもいかず、黒井は大剣だけ壁際に避け、彼女をベッドまで運んだ。
重かった。
鎧の分を差し引いても筋肉がしっかりついていて、見た目以上に体格が良い。
見慣れぬ鎧の留め具を外すのにも苦労した。
思ったより薄い金属でできているのだなと感心もしたが、すぐに現実逃避と気が付いた。
どうしたものかと悩んでいるうちに、彼女のまぶたがゆっくり開いた。
赤い瞳が真っ直ぐに黒井を見た。
「…… ここは、どこだ」
低く、よく通る声だった。
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そんなこんなで現在に戻る。
彼女はローテーブルの向こうで、僕が淹れたコーヒーをすすっている。
インスタントだけども、少しいいやつだ。
一息ついたところではあるが、まだ彼女が何者なのかは全くわからない。
何処から聞いてみたものだろうか。
「ところで、ここはどこの城塞だ」
「えっ」
城塞。
聞きなれない単語ではあるが、彼女の見た目からすぐにその意図は理解できた。
「ええと…… 東京、です」
「トーキョー…… 聞きなれない名だな」
「いやぁ、僕も見慣れない人だなと思ったり」
「そうか? ふむ、私も少しは有名になったと思っていたんだが、まだまだだったな」
彼女は身を起こし、きょろりと室内を見渡した。
剣の位置、窓、扉、黒井の立ち位置。
その視線は素早く、不測の状況に微塵も動揺していないことが伝わる。
「……いや、どうやら私にとってもここは見慣れぬ土地のようだ」
視線が黒井の瞳に戻る。
「私は、戦っていたはずだ」
彼女は自分の胸元に触れた。
そこには、鎧が裂けていた位置がある。
「魔物の牙を受けた。深く。生きているのは妙だな」
「やっぱり、怪我してたんですか」
「うむ。致命傷であったはずだ」
「……」
(…… 返す言葉がない!)
しばしの沈黙の後、黒井はテーブルの上の奇妙な本と、ノートPCの画面を見た。
彼女もその視線を追い、魔法陣を見つめる。
「…… 召喚術か」
「え?」
「薄くではあるが、術式の残滓を感じる」
黒井は頭を抱えたくなった。
意味が分からない。
だが、目の前にいる鎧姿の女を前にしては、何もかもが説得力を持ってしまう。
「どうやら、やはり奴の仕業で間違いない…… か」
「奴?」
「あぁ、私が致命傷を受けた時、遠くかすかに声が聞こえた。何者かわからなかったからな、それを奴と呼んでいる」
鋭い目が黒井に向けられる。
疑われて当然だが、そんな声をかけた覚えもない。
「その、たぶん…… 僕が、あなたを呼んだんだと思います」
「ほう」
彼女は驚くでもなく、ただ黒井を見た。
「ですが、その"奴"というのは僕ではありません」
「だろうな、声も口調も違えばわかるさ。関係者かもしれないとも思ったが、杞憂か」
彼女はほっと息を吐き出すと、少し柔らかな雰囲気に戻った。
「私はアリッタ・レオーネ・ヴォルペ。ある国の騎士団長として、民を魔物や戦争から守るために戦っていた。君の名は?」
「黒井輝夫です」
「クロイ・テルオ…… 名がクロイで、性がテルオでいいか?」
「性が黒井で名が輝夫です」
「そうか…… テルオ、すまないが可能な限りでいい、この世界のことを教えてくれ」




