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第7話(3)

ロマナリア、王都ヴァルディスカ、民、そしてリカルド。

そのすべてが存在した歴史、その先に紡がれ続ける未来。

それがアリッタ・レオーネ・ヴォルペのすべてだった。

どれ程の血が流れようと、この時を終点にはさせない。

それがロマナリア王国民の総意だった。


記憶は黒い戦場の空へと溶け、アリッタは目を開けた。

いま目の前にあるのは星の綺麗な丘ではない。


魔王の城だ。


胸の内であの夜の誓いが燃え直す。


「行くぞ」


アリッタが告げると五人の空気が、そして後方に続く数百の兵士の顔つきが変わった。


死地の前の研ぎ澄まされた静けさ。


坂道を上る。

崩れた外門を越え、黒鉄の回廊を進み、脈打つ呪紋の壁のあいだを駆け抜ける。

途中で三度、魔獣の群れが襲いかかってきた。

骨の犬、羽根なき巨鳥、人の顔を埋め込んだ泥の肉塊。

セレーナの炎が焼き、ルカの槍が穿ち、ドメニコの斧が砕き、ランベルトの盾が受け止め、フィリッポの剣が死角を埋める。

5人が切り開いた道を、数百の鬼が怒号を上げて踏みしめる。


「「「「「おおおおおおおおッ!!!!!」」」」」


剣が重い。

腕が痛む。

肺が焼ける。

友の断末魔が響く。


それでも足は止まらない。

止めれば裏切ることになる。


どれだけの時間が過ぎたのか。


誰もが自身の疲労すら忘れてしまったころ、その足は大扉に阻まれた。

既に百を切った兵士たちも、皆一様に自分たちが何処にたどり着いたのかを理解した。


「たどり、ついた……」

「ついにきた、ここまで!ここまで!」


まだ言葉を発する余裕があるものの小さな声が聞こえてくる。


巨大な黒鉄の扉。

幾層もの封印の痕跡が砕け、中央に人ひとり通れる裂け目が生じている。

その向こうから、底知れぬ魔力が流れ出していた。


魔王の間。


その場にいた兵士、誰もが扉をにらみつけ怒の感情を滲ませる。


──ゴォォッッ!


その時、背後の地が鳴り響く。

魔獣群。

これまでの比ではなく、壁も床も押し潰すような咆哮と足音。


それがこの戦争を終わらせる一手であることは誰の目にも明らかだった。


セレーナが即座に言う。


「団長。後方はもう保ちません」

「押し切れるか!?」

「無理です」


冷たいほど即答だった。

アリッタは歯を食いしばる。


「全員で進めば挟撃されます。団長は手練れ数人を連れ先へ。私たちがここで足止めを」

「止まる差か!?」

「魔王城は堅牢、抜ける道はこの門一つ。どれだけの兵力差があろうと、この門の間で戦える数には限りがあります」

「ぐっ……ッ!」


アリッタは何か言葉を返そうと顔を上げ、見た。


恐ろしい魔物の津波。


それを背にアリッタを見る五人と、百人足らずの兵士たちの顔を。


「これが最善です」


誰一人絶望の色はなく、その眼には炎が宿っていた。


唖然とするアリッタに、畳みかけるようにランベルトが前へ出る。


「団長、貴女は王国の紅き大剣! その持ち手は我らが! 先立つ友が! 国で祈る全ての民が握っている!」


ドメニコが斧を肩から外し、牙を剥くように笑った。


「行け、アリッタ。俺は国のためじゃない。お前が勝つところを見るためにここにいる」


「お前達……」


顔をゆがませるアリッタの肩を誰かが叩く。

振り向けばそこにはフィリッポとルカがいた。


「俺とフィリッポが掃除役だ。いいか、何があっても振り向くなよ」

「……です」


ルカにいつもの笑顔はなく、フィリッポの顔は蒼白だ。

だが逃げない。


アリッタの背に、びりびりと熱い何かが走る。



──アリッタは五人を見た。



──アリッタはその後ろに連なる兵士たちを見た。



──アリッタは自ら歩んだ道に伏す亡骸をみた。



この者たちと、ロマナリアのために戦ってきた。

この者たちと、王都の鐘の音を守ってきた。


アリッタは剣を胸の前に立てる。


その口の端から赤い糸を描きながら。

構えた大剣の持ち手から、革のきしむ音を鳴らしながら。


「必ず、必ずお前たちの名を残す……」


声は低く、熱を帯びていた。


そしてアリッタは全兵士の鼓膜を破らんばかりに声を張る。


「盾は民のため!!」


呼応するようにすべての兵士たちが天に向かって声を張る。

 

「「「「「剣は誓いのため!!!!」」」」」


死んだ友へ、国の民へと届くように。


「命は国のため!!!」


迫りくる魔物の軍勢へ、頬杖をついてまつであろう魔王へ殴りつけるように。


「「「「「名は死後のため!!!!」」」」」


今行くぞ、すぐ行くぞ。

待っていろ!待っていろ!!


全員の心が完全に一つになった時、アリッタは高く剣を掲げた。


「抜ッッッ剣ッッッ!!!!!」


「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!!」


その時、確かに大地は身を揺らした。


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